天野天街逝去に伴い、小熊ヒデジ演出で今しかできないリ・クリエイションに挑む

原作:諏訪哲史 「りすん」講談社文庫刊 脚色/演出:天野天街 撮影:鳥羽直志
「りすん2025 edition」リ・クリエイションツアーが2025年8月2日 (土) 〜 2025年8月3日 (日)にAI・HALL(伊丹市立演劇ホール)にて上演決定!
「りすん」はデビュー作『アサッテの人』で第 137 回芥川賞を受賞した作家・諏訪哲史の同名長編小説を、同じ愛知県出身の天野天街(少年王者舘主宰)が舞台作品した意欲作。
2010年の初演後、2023年の令和版「りすん」は新キャスト・新演出で津、名古屋、高知で上演され、初演に匹敵する傑作として再び令和に蘇りました。
その後、脚色・演出を務めた天野天街が2024 年7月7日に逝去しましたが、「りすん 2025edition」リ・クリエイションツアーとして、2023 年の稽古から本番まで全て立ち会った小熊ヒデジが演出をつとめ、新たに「りすん2025 edition」リ・クリエイションツアーとして上演します。
チケットはカンフェティにて5月31日(土)10:00~発売開始。

原作:諏訪哲史 「りすん」講談社文庫刊 脚色/演出:天野天街 撮影:鳥羽直志
演出:小熊ヒデジさん・出演者:宮璃アリさん(少年王者舘)会見内インタビュー(2025年5月開催)
<2010 年の初演から、2023・2025 年再演への道のり>
小熊ヒデジ(以下、小熊):『りすん』という作品は2010年に名古屋の七ツ寺共同スタジオのプロデュースで上演されました。僕は観客として観たのですが、完成度の高い作品で、これはきっと再演という形になるんじゃないかと思っていましたが、13年後に地域公共劇場連携事業として再演をするという運びになりました。再演の際、僕は制作という形で関わり、三重、名古屋、高知と3都市ツアーを行いました。
原作自体はだいたい6人くらいしか出てこなくて、再演では、主役の朝子と隆志とそのおばあちゃんという3人の登場人物に絞って上演されました。おばあちゃんは少年王者舘の宮璃アリに決まりましたが、主役の2人はオーディションを実施して選びました。再演も初演に負けない高い評価をいただきまして、ツアー終了後すぐに再々演が望まれ、2025年に行うことで話が進んでいました。
ところが2023年頃から患っていた天野が昨年7月7日の七夕の日に逝去したため、2025年の公演は中止にしようかという話も出たんです。でも、僕はやるべきだと主張しました。それは天野が再演をとても強く希望していたということ、今回の座組に俳優・スタッフともに力のあるメンバーが集まったこと、また、作品自体は完成されているので、僕と天野の30年余りの付き合いの中で理解している部分を用いて作品のブラッシュアップは不可能ではないということ。それらを座組に伝え全員から了解を得て、企画を進めることになりました。
天野はやっぱり唯一無二の世界観を持っている演出家だと思います。天野とは長く作品作りをともにしてきましたので、天野が何を思っていたのかということを常に気持ちの中に置きながら稽古を進めていき、公演を成功させたいと思っています。
<『りすん』原作者・諏訪哲史と天野天街とのリンク性と本作の魅力>
宮璃アリ(以下、宮璃):主役の隆志と朝子は、兄妹同然ですけど血の繋がりがなく、隆志の父と朝子の母の連れ子同士なんです。私が演じているのは隆志の祖母です。朝子にとっては叔母にあたります。原作の諏訪さんは別に天野にやって欲しいと思って書いたわけじゃないのに「天野さんが書いた小説なんじゃないの?」と最初に思ったほど、彼の演劇にピッタリでした。天野は原作があるものはかなり手を加える方ですが、『りすん』はほとんど書き換えていません。
小熊:舞台となる病室は大部屋で、同室の女性患者が兄妹の会話を盗み聞いて、そのやりとりをメモしている。それを彼らが見つけて読んでしまう。それで、今の自分たちがメモに書かれていることなのか、はたまた読んでいる自分たちなのか、もうどこにいる二人なのかが、わからなくなっていくんです。このように元あったものが歪んでいく感じが、天野の演劇と似ていると思います。天野天街の多くの作品は、躍動的でアクティブで、動きがとても多いのが一つの魅力にはなっていますが、この作品は、むしろ逆です。小さな病室の中にいる兄妹の会話だけで進んでいく「静」の芝居です。動きは極力抑えられていて、むしろ動きが生まれない。それは原作の諏訪哲史さんの小説の魅力でもあるのですが、天野の演出ととても相性がよく相乗効果が生まれました。二人におそらく共通しているのは、諏訪さんは小説自体を、天野は演劇自体を疑っているところです。フィクションと現実の狭間みたいなものを考え続けています。本作は、静かな会話劇ではありますが、見ている人の感情が振り回されるような感覚になります。また、天野はよく本作を“覗き見”をするように観てほしいと言っていました。膨大な量の会話劇ですけど、そういった“覗き見”する感覚を感じてもらえると嬉しいなと思います。
<目指している演出プラン>
小熊:僕は天野と一緒に1998年からKUDANProjectというユニットを組んでいました。アイホールでは『くだんの件』(2016年)、『真夜中の弥次さん喜多さん』(2018年)という作品を上演しました。どちらも二人芝居です。この2作品は、初演以降、 『りすん』と同様に何度も何度も繰り返し上演していて、とても完成度の高い作品です。天野はそれゆえ、再演の際にも特に演出を変える必要はないというふうに常々言っていました。でも、実際に再演の稽古が始まったら前と全く同じにはなりません。例えば2~3年後の再演となると、その間に過ごした時間や、経験してきた他の舞台の影響もあり、作品へのアプローチが少し変わってきます。表情とか、相手との掛け合いとか、そういったちょっとしたことが、確実にブラッシュアップされていきます。それは天野のリクエストというよりは、役者がクリエイションしている作業でした。もちろん天野はそれを認めてくれるし、それが彼との創作のとても良いところだと思います。
また、戯曲の中には、いろんな仕掛けがありますが、それをより効果的に表現するための共通認識を、稽古の中で改めてシェアできればと思います。例えば、ここで出てきたこの言葉は、1時間後のこのシーンのこのセリフにかかっている、といったことの仕掛けや深みを再確認すること等です。僕は今回演出という立場で内側から観客に伝えたいです。
また、天野の演出は、照明や音響、映像など全てのスタッフワークが本当に精密で、ものすごい数のきっかけをこなしていかなければいけないので、より強度や密度を上げていければと思います。この作品の力自体をもっと深く、強くしていきたいですし、おのずと変わる部分を大切に、天野の精神を引き継いでいきたいです。
<『りすん』再演に向けての思い>
宮璃:去年、天野が亡くなった翌日の7月8日に小屋入りした少年王者舘の『それいゆ』公演は、天野が闘病中で稽古に1回しか来れなかった中、劇団員みんなで分担して作りました。みんな役者もしているから客席側から舞台全体を見る人が誰もいなくて。タイトなスケジュールの中で、妥協せずに進んだ方がいいのか諦めた方がいいのか、でも天野はきっとそうは言わないだろうとか、いろんなことを劇団員同士で考えて作り上げました。この時感じた焦燥感から、次の『りすん』のクオリティをどこまで高めていけるのか、不安に感じたんです。
でも、考えてみれば2023年の『りすん』の稽古のときも天野は闘病中で、お芝居のところは全部小熊さんが見てくれて、いろいろとアドバイスをしてもらったので、小熊さんが演出してくれるのなら大丈夫だと思えました。天野は、台詞の言い方や演出手法については言いますが、演技のことはあまり言わないんですよね。だから今回は、2023年の天野版をより濃くできる2025年版になるのかなと思っています。
小熊:天野は、役者の気持ちとかはとりあえず脇に置いておくんです。例えば台詞であれば、語尾がちょっと上がったりしただけで駄目と言われますが、じゃあなぜ語尾を上げてはいけないのかということを詳しくは説明してくれません。彼が指示することの多くは物理的なことです。例えばこの公演のチラシも「コラージュ」で、全然関係ないものを組み合わせて一つの世界観を作り出しています。このような作業をおそらく舞台上でも同じようにやっていたのだと思います。役者、明かり、音、美術、映像、衣装、小道具などをパーツとして全部同等に扱い、全てを解体してみて組み合わせる。言葉一つでもさまざまな要素がありますよね。音だけでなく、意味とか、あるいは形があったりしますよね。りすんの「り」でさえ、全部細かく分けるんです。そして組み合わせ方を変えて実験していく。そうすると、イメージの連鎖みたいなものが起こって、通常の思考回路では、たどり着けない場所に行ったりするんですね。全部が合わさって一つの生命体みたいな印象を持つ。それが天野の作品の醍醐味だと思います。
「少年王者舘の芝居はよくわからないけどスゴイ!」という言われ方をしますがそれが魅力です。もちろん天野の頭の中では全部筋が通っていて、私たちはそれをどう表現できるかというのを常に意識して漏らさないようにしたいです。
<天野天街作品の継承について>
小熊:これまで一緒に作ってきた作品があるなかで、天野が亡くなったからやらない、あるいはやれないというところには、簡単には着地できませんでした。だから今回も再演したいと思いましたし、『真夜中の弥次さん喜多さん』なども、いつか再演できたらと考えています。なぜかというと、実際に僕がその現場にいて、天野と一緒に作ってきたからです。でも僕が彼の唯一無二なスタイルを後継していくのかと言われるとそうではないですが、ただ、今まで彼と作ってきたものをまたやることは不可能ではないと思うし、あるいは、このスタイルが次の世代の演劇人に何らかの形でインスパイアされ、バトンを渡す役みたいに繋いで行くことができればと思います。劇団唐組さんはそのような形でずっと唐十郎さんの作品を上演しているし、僕はそれはとても良いなと感じています。天野天街の作品は唯一無二ですが、繰り返しの手法とか映像の使い方とか、彼の影響を受けた演劇人はたくさんいます。新たな若い世代たちにも天野作品を観劇してもらい、刺激を受けて、天野天街が新しい形として続いていけばいいと思います。
宮璃:劇団としては、劇団員みんなの気持ちを聞いているだけで、劇団を続けていくかについては、白とか黒とかつけずにいる状況です。私個人としては先日まで少年王者舘の作品はもう二度とできないだろうと思っていました。中途半端なものを見てもらいたくないんですよね。KUDANProjectは配役が決まっていて、身体に染みついているもの
があるじゃないですか。でも劇団の公演は天野さんがいなくて配役が決められるのか、過去の作品を再演するにしても、その時の天野さんの演出を受けていない人たちができるのかという不安な気持ちにしかなれなくて。ただ解散はしていませんし、やる気のある劇団員が、熱量高くいろいろと頑張ろうとしているのは応援したいと思っています。
小熊:僕は少年王者舘のいちファンとして劇団公演をまた観たいですね。去年、『それいゆ』を京都で見ましたが、出演者の半分以上が新人劇団員でした。天野が稽古にほぼ来ていない状態で作り上げた作品ですが、素晴らしかったですね。だから、劇団員としては思いがいろいろあるだろうし、それはそれで尊重しないといけないとは思うけど、勝手を言わせてもらえれば映像が残っているような、足がかりがある作品であれば、何年かけてもいいので、再演してみて欲しいなと個人的には思います。
演出:小熊ヒデジさん・出演者:宮璃アリさん(少年王者舘) 会見内質疑応答(2025年5月開催)
●質問:宮璃さんは『りすん』初演に出演されていましたか。
●回答
宮璃:初演のときは、コロスみたいなアンサンブルが14人ほど出演していて、そのひとりとして。初演は、故・火田詮子さんがおばあさんの役どころで出演されていました。
●質問:小熊さんは天野さんとはいつから仕事をされていましたか。
●回答
小熊:1992年に天野とはじめて一緒に仕事をしました。少年王者舘と大阪の維新派と僕の所属している「てんぷくプロ」による合同公演として、名古屋の白川公園に特設劇場を建てて、『高丘親王航海記』(原作・澁澤龍彥)という野外劇をやりました。
●質問:アイホール主催の、最後の招聘公演として思うことはありますか。
●回答
小熊:とても感慨深いですね。KUDANProjectや他のカンパニー公演でもお世話になっていますので。いろんな事情があるんでしょうが、何回もお世話になっているところ、あるいは観客としても何度も足を運んでいる場所ですから「最後か…」というふうに思うし、本当に言葉にはできないんですけど。
宮璃:アイホールが大好きだから嬉しいです。公演しないまま終わらなくてよかったなと思います。関西の拠点はアイホールと思っていたので。
小熊:やっぱりアイホールだから、全国から劇団が来たんじゃないでしょうか。次世代育成事業なんかもよかったですよね。僕は名古屋の人間だから北村想さんとも関わっていますが、アイホールで伊丹想流私塾をされていて、そこからたくさんの演劇人が巣立っていったのは素晴らしいことだと思います。だからこそ閉館は残念です。公演だけではなく、文化芸術全般に気を配られて、着実にいい仕事をされているという印象でした。
あらすじ
「お兄ちゃん、私たちどうしたら小説の外へ出られるの?」
骨髄癌におかされて長期入院中の少女と、彼女と兄妹同然に育った青年の病室での会話。中国旅行の思い出や少女の母親のこと、ヘンテコな言葉遊びー2人のやりとりが同じ病室の女性患者によって書かれた物語であったなら……。小説そのものの作為性に果敢に斬り込んだ芥川賞作家・諏訪哲史の実験小説を、天野天街が「エンゲキでしかできないアレヤコレヤにオモイキリ変換」した名作。
天野天街逝去後、小熊ヒデジの演出により今、蘇る!

原作:諏訪哲史 「りすん」講談社文庫刊 脚色/演出:天野天街 撮影:鳥羽直志
公演概要
伊丹市立演劇ホール アイホール
「りすん2025 edition」リ・クリエイションツアー

【伊丹公演】
公演期間:2025年8月2日 (土) 〜 2025年8月3日 (日)
※上演時間:約1時間50分
会場:AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)(兵庫県伊丹市伊丹2-4-1)
■出演者
加藤玲那、菅沼翔也(ホーボーズ)、宮璃アリ(少年王者舘)
■チケット料金
一般:3,800円
U25:2,500円
高校生以下:1,500円
(全席自由・税込)
※未就学児入場不可
※U25・高校生以下は入場時要身分証提示。
■スタッフ
原作:諏訪哲史 「りすん」講談社文庫刊
脚色:天野天街
演出:小熊ヒデジ+天野天街
舞台監督:山中秀一
舞台美術:田岡一遠(マタタキ・マケット)
美術製作・小道具:小森祐美加(マタタキ・マケット)
照明:福井孝子
音響:高橋克司
映像:浜嶋将裕
音楽:珠水(少年王者舘)
振付:夕沈(少年王者舘)
衣装:雪港(少年王者舘)
写真:羽鳥直志
プロデューサー:松浦茂之(三重県文化会館副館長兼事業課長)
制作:小熊ヒデジ
演出助手:平林ももこ(劇団あおきりみかん)
制作助手:越賀はなこ
企画製作:ナビロフト
協力・スペシャルサンクス:七ツ寺共同スタジオ、二村利之、寂光根隅的父、名古屋演劇教室
助成:一般財団法人地域創造
主催:公益財団法人いたみ文化・スポーツ財団、伊丹市