【開幕レポート】夭折の詩人の生涯を、歌とともに描き出す音楽劇『中原中也』

【開幕レポート】夭折の詩人の生涯を、歌とともに描き出す音楽劇『中原中也』

夭折の詩人の生涯を、歌とともに描き出す音楽劇『中原中也』が、浅草九劇で開幕した(22日まで)。
 

撮影/宮坂浩見


音楽劇『中原中也』は、劇団スタジオライフの俳優・山本芳樹が、少人数編成による習作ミュージカル(もしくは音楽劇)を、再演を重ねることにより次世代へつなげていくために、目的を同じくするアーティストと共に設立した「プティビジュー」プロデュースによるオリジナル作品。「朝の歌」「サーカス」「生い立ちの歌」「汚れつちまつた悲しみに」などで知られる生涯を詩人として全うした中原中也と、彼の人生、とりまく人々を僅か三人のキャストで演じる意欲作となっている。

あらすじ

昭和12年、秋、鎌倉。
中原中也(多田直人)とその妻上野孝子(小林風花)の家に、小林秀雄(山本芳樹)が訪ねてくる。目を患う孝子は、小林を旧知の友人・青山二郎と思い込み、小林も否定できないまま会話が続いていく。そこへ中也が現れるが、精神を病んでいる中也もまた小林を認識することができない。さらに中也の意識のなかに様々な人物と、過去のできごとが想起されていき、翻弄される小林の前に中也のこれまでの半生が浮かび上がり……
 

撮影/宮坂浩見

晩年に過ごした鎌倉の家の室内に固定し、生と死を描ききる

実在の文豪たちをキャラクター化して活躍させる漫画作品『文豪ストレイドッグス』や、シミュレーションゲーム『文豪とアルケミスト』などが大ヒットしている近年では、全く違うイメージを持っている、という向きも少なくないかもしれないが、明治、大正、昭和を生き、後世にその名と作品を遺した「文豪」と呼ばれる人々の生きざまには、非常に壮絶なものがある。人生の多くは太く短く、どこか切ないまでに破天荒で、芸術を追求し続けることと、日々の生活を平穏に送ることとはかくも相容れないのか、いやそうした市井の常識や規範を差し出した者にしか、芸術の神は微笑まないのだろうかと、天を見上げることもある。
 

撮影/宮坂浩見

そうした一人が、詩人を志し、三十年の生涯を駆け抜けた中原中也だ。小学校高学年で短歌を詠み始め文学に耽溺。十六歳からは詩作に没頭し、学問も恋も友情も追い求めながらある時は投げ捨て、ある時はなぎ倒して、詩に昇華させていく様には深い業が感じられるにもかかわらず、その詩の数々は胸を突くほど純粋で美しい。

そんな中原中也の半生を、彼が晩年に過ごした鎌倉の家の室内に固定し、生と死を描ききったのがこの音楽劇『中原中也』だ。作品の構想が動き出した当初は、これまでにも幾多の実在の人物を一人芝居で演じている山本芳樹自身が中也を演じる想定があったそうだし、観客側にもそれが当然という想いもあったと思うが、その山本自身から、自分が中也を取り巻く人々や、彼に迫る死の影といった様々な存在を演じていくのはどうだろうか、という発想が生まれ、その閃きに呼応した脚本のオノマリコが書き上げた戯曲が実に見事で、小林を演じる山本が、さらに劇中で様々な人物を演じていくことになる過程に全く無理がないし、それによって中也の半生にあふれでるエピソードが、単なる羅列に留まらずに収斂されていく様はまるでマジックのようだ。しかも元々中也は自らの詩に節をつけて歌いながら人に読み聞かせた、という逸話があるほど、彼の紡ぐ詩の多くはソネットの形式をとっていて、音楽との親和性が極めて高い。そこから、作曲と劇中の生演奏も担う後藤浩明が書いた数々の歌が、あくまでも音楽がドラマを運ぶミュージカルとは異なり、過去のできごとをも演じていく作品のなかで、あくまでも「歌」である「音楽劇」の妙味を高めていく。何よりも演出の平戸麻衣が、そうしたスタッフの優れた仕事と、適材適所のキャストたちを包括し、多くの発信を受けて、この作品のなかの中原中也を息づかせていくスピード感を終始維持したのが、観客もまた中也の家を訪ねている、と感じさせる浅草九劇の空間に生きていた。
  

撮影/宮坂浩見

そんななかで、タイトルロールの中原中也を演じる多田直人は、演劇集団キャラメルボックスの中心メンバーの1人で、遂先日『無伴奏ソナタ─The Musical─』で、登場しただけで背筋が寒くなるような感情を露わにしないウォッチャー役を演じていたところから一転、感覚が鋭敏すぎるが為に攻撃的にならざるを得ない中也の、喜怒哀楽を全身で表現している。それほど自我を表立たせてしまっては、周りの人々も離れていってしまうだろうにと思う中也の生き方は、翻せばありのままの自分を愛して欲しい、どこまで自分が愛されているのかを知りたいと叫んでいるにも等しいもので、そうした中也の渇望や、あまりに深い孤独が多田から浮かび上がる様は、痛々しいほどだった。
 

撮影/宮坂浩見

その中也の妻、孝子に扮した小林風花は『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『ビッグ・フィッシュ』等々海外ミュージカルの常連として大活躍中で、歌唱力の確かさはこと改めて言うまでもないし「下駄屋も詩人も区別することがない」と評されたという孝子の、ただシンプルに「人間・中原中也」の妻として共にいる感覚の表し方が抜群に上手い。なかでも、中也にとってこの女性の存在が欠くべからざるものだということが自然に胸に落ちるし、目を患らいながらもどこか飄々としている姿が、中也の錯綜した精神が過去を追体験していくある地点で、それを止めなければと訴えたのちの感情のうねりが秀逸。是非注目して欲しい演技力の高さを示してくれた。
 

撮影/宮坂浩見

そして、今回の音楽劇『中原中也』は、老若男女問わず軽やかに演じることのできる山本芳樹という稀有な俳優がいたからこそ成立していると確信させるのが、このキャストとスタッフによってゼロから生み出されたオリジナル作品の醍醐味につながっている。小林秀夫として中也を訪ねてきた山本が、前述したように目の不自由な孝子から同じ批評家の青山二郎に勘違いされたところから、中也が見ている様々な人物に変わっていくスイッチの切り替えがなんとも術らかなのは、山本の一人芝居を観たことのある人にならむしろお馴染みの光景だろう。だが、今回の妙味は時に、その別人を演じることを山本演じる小林が嫌がっているポイントもあることで、これは逆に新鮮でもあるし、芝居のなかの出来事としての真実味を高めてもいる。特にとある時点で、この「演じる」ことが生む魂の救済とも言いたい流れが、このまま終わって欲しいと祈るような気持ちにさせられる場面もあり、おそらくは意図せずして「演劇」が持つ力の根本が立ち現れたのが忘れ難く、作品の目指すところを深くしたのが素晴らしかった。
 

撮影/宮坂浩見

総じて、脚本、演出、音楽、キャスト全員が揃い、意見を交わしながら創り上げたという理想的な形で、この音楽劇『中原中也』を紡いだことは、演劇の創作に必要な全てが高騰し、現場を圧迫しているいまの演劇界にとっても、ひとつの希望を感じさせる出来事に違いない。そんな今後も息長く上演を続けて欲しい作品の、いましかない貴重な「初演」を是非多くの人に体感して欲しい。

【文/橘涼香 撮影/宮坂浩見】

公演情報

音楽劇『中原中也』
出演◇多田直人 小林風花 山本芳樹
脚本・作詞◇オノマリコ
演出◇平戸麻衣
作曲・演奏◇後藤浩明

2024.09.18(水)~2024.09.22(日) 浅草九劇
9月18日(水)19:00
9月19日(木)14:00、19:00
9月20日(金)19:00
9月21日(土)14:00、18:00
9月22(日)14:00

〈料金〉
前売 7,500円 当日 8,000円
指定席 未就学児入場不可 必要介助者1名様のみ無料
チケット取扱
●カンフェティ(座席指定可・事前決済)
 

公式サイト: https://yypetitbijou.com/chuyanakahara/
X(旧twitter): x.com/yypetitbijou

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