稲垣吾郎の真骨頂を感じさせる 『サンソン─ルイ16世の首を刎ねた男─』上演中!

フランス大革命の嵐を死刑執行人の側から描く舞台『サンソン─ルイ16世の首を刎ねた男─』が、東京池袋の東京建物Brillia HALLで上演中だ(30日まで。のち、5月12日から14日大阪・オリックス劇場、5月20日から21日長野・まつもと市民芸術館 主ホールで上演)。

『サンソン-ルイ16世の首を刎ねた男-』は、18世紀のフランス・パリに生きた、実在の死刑執行人、シャルル=アンリ・サンソンの視点から、フランス革命を描いた異色の作品。代々死刑執行人として国家と法を重んじ、職務を遂行し続けたサンソンが、実は死刑制度は廃止すべきと考えていた人物であり、国王ルイ16世を深く敬愛していたにもかかわらず、フランス革命勃発後ロベスピエールによる恐怖政治へと続く動乱のなかで、当のルイ16世も含む3000回もの死刑執行を手がけなければならなかった人でもあった。という史実を軸に、サンソンの側から見た革命の理想と挫折、そして人々の生きざまが、主演のシャルル=アンリ・サンソン役に稲垣吾郎、演出に白井晃、脚本に中島かずき、音楽に三宅純を擁した鉄壁の布陣で構築されている。

《STORY》
1766年、フランス。パリの高等法院法廷に一人の男が立っていた。彼の名はシャルル=アンリ・サンソン(稲垣吾郎)。パリで唯一の死刑執行人であり、国の裁きの代行者“ムッシュ・ド・パリ”と呼ばれるものの、死をもたらす忌まわしい存在として人々に不当に疎まれていた。この日もさる貴婦人から死刑執行人と知らずに、騙されて一緒に食事をしたと訴えられて法廷に立っていたシャルルは、誰一人己の弁護人となってくれる者もいない状況で、自ら処刑人という職業の重要性と意義を、裁判長や判事、聴衆に説き裁判に勝利する。父・バチスト(榎木孝明)から受け継いだこの仕事に誇りを持つシャルルは、だが一方で死刑制度の撤廃を望む死刑廃止論者で、それが叶わないのならばせめて貴族なら斬首、庶民なら絞首、或いはもっと残酷な拷問も伴う処刑と決められている制度を改め、誰にでも平等に苦痛を感じさせない死をもたらそうと、医師のギヨタン(田山涼成)が研究を重ねる断頭台(ギロチン)の開発への協力を約束する。

折も折、ルイ15世の死とルイ16世(大鶴佐助)の即位によって、フランスは大きく揺れはじめ、シャルルの前には次々と罪人が送り込まれてくるようになる。ある日、蹄鉄工の息子ジャン・ルイ(佐藤寛太)が、恋人エレーヌ(清水葉月)に横恋慕した父を殺める事件が発生。実際には事故死であったが、責任を重く受け止めるジャン・ルイはいっさい抗弁せず、「親殺し」の罪で車裂きの刑を宣告される。だが職人のトビアス(崎山つばさ)や、後に革命家となるサン=ジュスト(池岡亮介)ら、彼の友人たちは刑場からのジャン・ルイ奪還を目論み、シャルルもまたその行動に時代の流れを感じて過度な抵抗をせずジャン・ルイの逃亡を許す。この一件から国家と法、刑罰のあり方についてより思考を深めるシャルルは、ジャン・ルイの追討を避けた国王ルイ16世に謁見。ルイの臣民に対する真摯な視線に触れ、敬愛の念を一層強く持つようになる。だが時代は刻、一刻と革命に向かってひた走り、若きナポレオン(落合モトキ)など、新時代のキーマンとなる人々と出会いながら、死刑執行人の仕事を続けるシャルルがたどり着いた境地とは……

「日本のミュージカルファンはフランス革命に詳しい」と常々言われているように、池田理代子の不朽の代表作を宝塚歌劇団が舞台化した『ベルサイユのばら』。フランス人が描いたフランス革命の物語であるミュージカル『1789─バスティーユの恋人たち─』。日本で生まれ海外で熟成し、再び日本に戻ってくるという異例の道筋をたどったミュージカル『マリー・アントワネット』。イギリス貴族が革命で理不尽に命を奪われるフランス貴族たちを助けるべく活躍するブロードウェイミュージカル『THE SCARLET PINPARNELL』等々、「フランス革命もの」と言える人気作品は枚挙に暇がない。特に『ベルサイユのばら』を伝家の宝刀としてきた宝塚歌劇では、ロペスピエールを主人公にした『ひかりふる路─革命家マクシミリアン・ロベスピエール』、マリー・アントワネットの調香師を主人公にした『ジャン・ルイ・ファージョン─王妃の調香師─』、不老不死伝説で知られるサン・ジェルマン伯爵を騙る男がフランス革命期を生きる『瑠璃色の刻(とき)』と言った多彩な視点の作品も数多くあって、様々な作家が独自の切り口でフランス大革命の時代を描いてきた。

だが、それらの作品にどっぷりつかってきた身でも、ギロチンと呼ばれた断頭台を操作した死刑執行人の側からフランス革命を描こうという、この作品『サンソン─ルイ16世の首を刎ねた男─』の着想には驚かされたものだ。もちろんシャルル=アンリ・サンソンは回想録なども残っている実在の人物であり、その人となりや思想には例えば論文を書くということであれば、非常に考察しがいのある人だろうと感じる。だがひとつの舞台作品の主人公に据えるということになると、国王ルイ16世、王妃マリー・アントワネット、革命家ロベスピエールら、歴史の表舞台に名を遺す人々に比して彩を欠く面があるのではないかという、一抹の危惧はどうしても残った。

けれども、2021年4月に初日の幕を開けたものの、新型コロナウィルスの感染拡大の影響によりわずか数公演で東京公演が中断し、大阪公演中止を余儀なくされたこの作品が、2023年4月に、2年間の熟成を内包して新たな船出を果たした時、シャルル=アンリ・サンソンの置かれた立場と、おそらくそれ故にこそ育まれた思想が鮮やかに浮かび上がる様には、そんな懸念を払しょくし、新しいフランス革命を描くドラマとしての、むしろ深い陰影が感じられた。

それは中島かずきが、歴史の事実としてはありえないことがわかっている、「if」を、ひょっとしたらこの作品のなかでは叶うのかもしれないとさえ思わせる、現実感を決して手放さないままで飛翔する脚本と、それが歴史劇であろうとも、つねに今の時代と向き合い作品を読み解いていく白井晃の緻密な演出力が紡ぎあげた、作品の持つ得も言われぬエネルギーの噴出に他ならなかった。実際、フランス革命時と変わらないとさえ囁かれる現代日本の、分断が広がるばかりの格差社会のなかで観る舞台には、場面転換のたびに人々の怒号とも思える喧騒が響き渡る様があたかも「このままでいいのか?」という問いかけにさえ感じられる。その喧騒がきちんと喧騒として伝わるのは、三宅純の音楽の決して音楽として主張せずに、ドラマを支えていくあり方の賜物でもあった。

そんなクリエーター陣の活躍のなかで、このフランス大革命裏面史とも言える作品の主人公、死刑執行人シャルル=アンリ・サンソンの葛藤に、人間味とシンパシーを与えたのはやはり、稲垣吾郎の存在あったればこそだ。

いま振り返れば、彼らは日本が一番輝いていた時代の象徴だったのではないかとさえ思う、国民的アイドルグループの一員だった稲垣は、グループとしてだけではなくメンバーそれぞれが看板を張れるという稀有な陣容のなかにあって、いち早く性格俳優の道に舵を切った人だった。その選択はスーパーアイドルとしてのバックボーンを持ちつつ、極悪非道の人物もサラリと演じられる凄みとなって「俳優・稲垣吾郎」の存在感を飛躍的に高めた。しかも、飄々としながらどこか謎めいてもいる「人間・稲垣吾郎」のミステリアスと、あくまでアイドルだというひとつの記号が並び立つさまには、この人に怖いものは何もない、最早無敵だなという感嘆をもたらしたものだ。そのありようを一言で言うなら、クレバーということだと思うし、そうして蓄えた蓄積が、2023年現在の稲垣のなかに確実に生きていて、シャルル=アンリ・サンソンを支えている。

代々受け継ぐ死刑執行人という、最も虐げられていた平民たちのなかでさえ忌み嫌われる立場でありながら、その要因となっている職務のために貴族にも並ぶ豊かな生活がおくれているシャルルの抱えている自己矛盾や、せめて苦痛のない死をどんな身分の者にも平等にと願ったからこそ開発に協力した断頭台の発明が、死刑そのものの負荷を軽くし、死刑判決を加速度的に増やしてしまった懊悩。しかも立憲君主制を願い革命勃発後も国王ルイ16世の安寧を誰よりも願った自分が、当の国王の処刑を執行することになるという苦しみと葛藤を、稲垣が渾身の演技で表現する熱量にはただただ圧倒させられる。「私の考えが気に入らないなら死刑にすればいい、だが誰が私の死刑を執行してくれるんだ?」という趣旨のシャルルの魂の慟哭が、これほど胸に迫るのはやはり稲垣が持つリアルな演技力のなかにある、選ばれし者、光を一身に集めてきた者だけが持つ芳香ゆえだ。それがこの作品の「if」に、ありえない希望を抱かせる力になったし、自由平等を勝ち得た瞬間から、次のパワーゲームをはじめてしまう、人の世のどうしようもない愚かさのなかの、微かな救いにもなっていたことに、しみじみとした感慨を覚える見事な主演ぶりだった。

また近年巷間伝えられてきたような、危機に気づけない凡庸な王ではなかったと分析されることが増えたルイ16世を、どれほど英邁であったとしても、長い時のなかで瓦解していった王家への信頼をつなぎとめるのは一人の王にできるわざではなかった、と感じさせたルイ16世の大鶴佐助の、鷹揚とした態度と語り口のなかで尚表出した閃きの鋭さは目を瞠るばかりで、シャルルが王に心酔した気持ちに共感できる造形が素晴らしい。

さらに、トビアスの崎山つばさの口跡の良いくっきりとした演技。ジャン・ルイの佐藤寛太の純朴さの表現。サン=ジュストの変わりゆく立場を場面場面で感じさせた池岡亮介ら、今回2023年公演から初参加のメンバーが新鮮な風を吹き込めば、常に愛する人に対してまっすぐな視線を貫いたジャン・ルイの恋人エレーヌの清水葉月。舞台冒頭ではシャルルの恋人であり、のちに国王ルイ15世の愛妾となって権力を手にするも、シャルルとあまりに皮肉な再会をするデュ・バリー夫人を鮮やかに舞台に息づかせた智順。若き日のナポレオンをこの作劇にふさわしいつかみどころのなさで演じた落合モトキなど、2021年公演からの続投メンバーの深まりが、動乱のなかに生きる若者たちの群像劇をより豊かにしていく。

ここに歴史の皮肉をその身に担うシャルル・ギヨタンの田山涼成のいぶし銀の演技と、シャルルの父とロベスピエールの二役をきっちりと演じ分けた榎木孝明のベテランの妙が加わり、二村周作の適度に抽象的でありつつ暗い時代を反映した美術、舞台の切り取り方を鋭角にした高見和義の照明をはじめとしたスタッフワークも相まって、濃密な劇空間がなんともドラマティック。何よりも2021年よりも、さらにこの動乱の時代の空気が現代に通じるものになっていることに恐ろしさを感じさせながらも、だからこそより今観るべき作品としてこの『サンソン─ルイ16世の首を刎ねた男─』が2023年に上演されていることに、大きな意味を感じる舞台になっている。

(取材・文・撮影/橘涼香)

サンソン -ルイ16世の首を刎ねた男-

出 演:
稲垣吾郎/大鶴佐助 崎山つばさ 佐藤寛太 落合モトキ 池岡亮介 清水葉月/
智順 春海四方 有川マコト 松澤一之/田山涼成/榎木孝明
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今泉 舞 岡崎さつき 小田龍哉 加瀬友音 木村穂香 久保田南美
熊野晋也 斉藤 悠 髙橋 桂 チョウ ヨンホ 中上サツキ 中山義紘
奈良坂潤紀 成田けん 野坂 弘 畑中 実 古木将也 村岡哲至
村田天翔 ワタナベケイスケ 渡邊りょう

演 出: 白井 晃
脚 本: 中島かずき(劇団☆新感線)
音 楽: 三宅 純
美 術: 二村周作
照 明: 髙見和義
音 響: 井上正弘
衣 裳: 前田文子
ヘアメイク: 川端富生
映 像: 宮永 亮、栗山聡之
アクション: 渥美 博
演出助手: 菅田恵子
舞台監督: 宇佐美雅人
制作統括: 笠原健一
制 作: 原佳乃子、島村 楓、辻村実央

プロデューサー: 熊谷信也
企画製作: キョードー東京

原作:安達正勝『死刑執行人サンソン』(集英社新書刊)
   坂本眞一 『イノサン』に謝意を表して

【東京公演】
2023年4月14日(金) ~ 4月30日(日) 東京建物 Brillia HALL

【大阪公演】
2023年5月12日(金) ~ 5月14日(日) オリックス劇場

【松本公演】
2023年5月20日(土) ~ 5月21日(日) まつもと市民芸術館 主ホール

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