初演から4世紀以上が経った現在でも、世界中で愛され続けているウィリアム・シェイクスピアの作品たち。その作品を『歌劇(うたげき)』という新たなジャンルで上演する「全37作品 Utageki化企画」の第1弾として、『リチャード二世』の上演が決定している。
企画の概要や意気込みについて、上演台本・演出・主演を務める鈴木彰紀と音楽を手がける今安志保に話を聞いた。
より多くの方にシェイクスピアの魅力を届けたい
―――まずは企画立ち上げの経緯を教えてください。
鈴木:私は2009年頃から蜷川幸雄さんのもとで演劇を学び、シェイクスピアの魅力に触れてきました。ダイナミズムや普遍性、自分たちの感性を言葉に乗せていく力強さに惹かれて、日本のシェイクスピア演劇を継承したいと思ったんです。具体的に自分の能力をどう活かせるか考えた時に、音楽的なメッセージ性を伝える能力やエンターテインメント性が浮かびました。
ハードルの高さを凌駕するエンターテインメントで物語を伝えられたら、文化の違いなどの垣根を超えて、本質をキャッチしてもらえるのではと漠然と考えていた中で、今安さんが「子供たち、大人たちがより豊かな人生を送るためには、いろいろなものを取り込むのが大事」というお話をしてくださって。未来ある子供たちのことを考えて芸術表現をされていることに感銘を受けました。さらに、私が出演した『リチャード二世』を観に来てくれ、「本当に素晴らしい言葉と精神性の高さを音楽にしたらというインスピレーションが沸いた」と言ってくれました。
シェイクスピアは詩人でもあり、もともと音楽性のある文体です。原文に音楽を乗せてエンターテインメント化することで、シェイクスピアの魅力をより多くの方に知っていただけるのではとお話ししていただき、「ぜひ一緒に作りましょう」とお願いしてこの企画がスタートしました。
―――第1弾として『リチャード二世』を上演するのは珍しいと感じましたが、今安さんの言葉もあって選んだのでしょうか。
鈴木:それもありますし、シェイクスピアの作品は詩のような形式の韻文と普通の文章である散文で書かれているものがあって、『リチャード二世』は全編韻文。音楽との親和性の高さも決め手の1つです。
あと、イギリスの方の多くは中世から現代までの自国の歴史を語れるけど、多くの日本人は自分たちのルーツを語れないことに、私としては憂いを持っています。ただ、日本人の意識に対する問題提起をそのままやるのは違うなと。イギリスの歴史における1つの転換期を描いた作品が適していると感じたこともあって選びました。
楽曲を聞くだけで物語がつかめる作品になるはず
―――今安さんはこの企画を聞き、楽曲を作ってみていかがでしょうか。
今安:子供ミュージカルを作ってきた時間も長く、音楽家として演劇を支える側にいました。シェイクスピアはすごくハードルが高く、でもいつかは挑戦したいと思っていたんです。そんな時に彰紀さんとお会いして、シェイクスピアに関する知識量に驚きました。何か1つ聞くと次々に情報が出てくる。この方となら、音楽だけを純粋に担当できるのではと感じました。
最初は「大好きなこのシーンに音楽が付いたら」と考えて1曲書いてみただけでしたが、「歌がついたらどうなるんだろう」と言われて。一言一句落とさずに作るのが信条なので、今回も貫いています。全ての言葉がきれいで音楽家冥利に尽きますが、全部の言葉に音楽をつけると上演時間が6時間くらいになります(笑)。
―――楽曲と芝居のバランスなど、クリエイションはどのように進めましたか?
鈴木:基本は僕の無茶振りで(笑)。脚本を読まなくても演劇を観なくても、順番に曲をたどったらストーリーがわかるようにポイントを踏まえて作っていただいています。言葉だけでは伝えきれないけど、なんとか言葉にしようとして(セリフに)10行費やしたシェイクスピアがいるのだとしたら、それでもおさまらなかった部分を音楽が補填してくれるのではないかと思っています。
今安:不思議なことですが、メロディが自然と降りてくるんです。台本を見ながら右手で楽譜を書いて、左手で音を紡いでいると次々に音が溢れてきます。パソコンで譜面を起こすのに時間がかかっているだけで、1曲5分でできたものも。シェイクスピアが「こうだよ」と言ってくれているみたいに音が乗って来ています。
若手とベテランが刺激を与え合える企画を目指す
―――顔合わせと本読みの感想を教えてください。
鈴木:優れた俳優がいて、優れた楽曲、優れた脚本があると演出はそれほど必要ないなと感じました。物語は十分語られているので、それを皆さんにどうお届けするかが重要です。
今回のキャスティングでは、ベテランと若手の混合チームを作ることにこだわりました。作品の質を追求するとともに、若手はベテランと触れ合う中で成長して人脈を築く、ベテランも若手の感性に触れて学びを得る、双方にとって良い交流の場にすることを考えています。師匠の蜷川さんがやってきたことを私も続けていきたいなと。
今安:大御所の皆さんの歌のレベルが高い! 見えなかった音を私が白黒の譜面に書き、それを役者の皆さんがカラフルにしてくださる感覚です。大御所さんたちがそれぞれの楽曲を気に入ってくださっている様子が見えるのも嬉しいです。
―――演出家、音楽担当として、カンパニーに期待していることはありますか?
鈴木:とにかくシェイクスピアの楽しさを知ってほしいです。日本ではハードルが高いこともあって、「シェイクスピアに憧れはあるけど、なかなか能動的に踏み込めなかった」という声をいただくこともありました。一歩踏み込むきっかけを作れたら嬉しいです。シェイクスピア作品は技術の高い俳優さんにやっていただくと比例するように良さが出てくるもの。ベテランの方にそれを体感していただき、新たな発見をしていただけたらいいなと思っています。
僕自身、蜷川さんの現場でかっこいい大人たちを見てきました。蜷川さんのところでは、一般社会だと引退するような年齢のスタッフさんや俳優さんも経験を活かしてキラキラと活躍されていた。そういう姿を見ることで、若い人たちも将来に対する明確なイメージや希望を得られると思います。旗揚げ公演ながら、こうした志に共鳴して多くの方が集ってくれたのが本当に嬉しいです。
また、「歌劇(うたげき)」としたのは、あくまで言葉と人間性へのフォーカスを音楽に乗せて描きたかったから。それを面白がってくれる音楽家がすごい引き出しを持っていたのも大きいです。楽曲が多彩で、全く飽きません。
今安:子供ミュージカルを作る上でこだわっていたのが、「本物を見せる」こと。1つのミュージカルにワルツもスウィングジャズも民族音楽も、いろいろなジャンルを入れていました。『リチャード二世』を古典の作品として考えると、音楽も全体を通してイングランドのものかなと思ってしまうけど、アイルランドが近いのでその要素も取り入れています。普通に生きている人たちからすると、国境によって音楽がきっぱり分かれることはない。人々の生活も音楽で表現できたらと思っています。
歌としては25曲が完成しています。あとは、ありがたいことに当日も演奏させていただきます。私は即興ピアニストでもあるので、BGM部分などは毎回変えていけたらと考えています。
様々な挑戦を楽しみにしてほしい
―――全37作品を歌劇化ということで、今後のこともお聞きしたいです。
鈴木:とりあえず長生きしなきゃいけない(笑)。
今安:(笑)。
鈴木:あとは公演が持続できるように広めていかないといけないですね。ただ、37作品をやるのが目的ではありません。エンターテインメントにすることで『シェイクスピアが語ろうとしたことを多くの方に届け、後世に遺す』ことを重視しています。
また、37作品の上演は、僕の師匠が打ち立てた1つの覚悟。演劇を使って先代・後世の人たちと共に生き、自分が受けた恩恵を次の世代に遺すという志を遂行したいと思っています。
今安:同じような熱量で「やりたい!」と言ってくれる若手の音楽家を引き込んでいくことも考えています。37作品を共に作ってくれる若い音楽家たちを育てることも同時進行したいですね。
また、衣装として入ってくださっている新朋子さんが素晴らしいです。「この人がなぜこういう思いでここに立っているかを衣装で表現したい」と言っていて、作品のことを(鈴木に)たくさん聞いています。
鈴木:そうですね。服の歴史そのものを継承する試みをしたいという新さんの案もすごく面白いと思いました。歴史劇なので『リチャード二世』に登場した人物が『ヘンリー四世』に出てくることがある。普通、公演が終わったら衣装もそれで終わりですが、作品をまたぐ人物がいたり、家系が続いていたりするときは、イギリス王室で王冠が継承されるように先代たちの衣装が継承されるような試みをしたいと。同時に新さんが抱えるチームも次世代にバトンを渡し、若い世代が既存の衣装を使って自分のクリエイションを進める。それぞれの分野のスタッフが公演を通して技術や文化を継承していくのが今回の企画の狙いの1つでもあります。
―――最後に、皆さんへのメッセージをお願いします。
鈴木:シェイクスピアは、“観て楽しむ”だけでいいと思っています。言葉を理解する必要はなく、「なぜこの人たちは言葉を使って他者と関わるのか」、「この人の願いや欲望はなんなのか」を感じ取っていただければ。高尚なものだと身構える必要はありませんし、観終えた時に心に残るものが必ずあると思います。コンサートに来るくらいの気分で、シェイクスピアと今安志保の化学反応を観てください。「約400年続いてきた作品がこんなに面白くて新鮮。これは楽しまないともったいないよね」と思っていただける作品になっているはずです。
今安:高校生の頃、学校の先生が「人との関係を学びたいならシェイクスピア、恋愛を知りたいなら源氏物語を読め」と話していて、いつかシェイクスピアを読みたいと思っていました。今回の作品は、「シェイクスピアって聞いたことはあるけど…」という方から、「シェイクスピアが大好き」な方にもオススメできます。いろいろな方がいろいろな場所から入って来られる作品になっているので、気軽に来ていただけたら嬉しいです。
(取材・文&撮影:吉田沙奈)
プロフィール
鈴木彰紀(すずき・あきのり)
ドイツ・デュッセルドルフ出身。プロダンサーとして活動後、蜷川幸雄のもとで演劇を学ぶ。現在は俳優・演出家・モデル・写真家として幅広く活動。歌う俳優ユニット『public history』としても作品創りを行っている。主な出演作に彩の国シェイクスピア・シリーズ『ジョン王』、『ヘンリー八世』、蜷川幸雄追悼公演『蜷の綿』、朝シェイクスピア『30分でわかるマクベス』、『30分でわかるハムレット』など。
今安志保(いまやす・しほ)
兵庫県三田市出身。ピアニストとしての活動と並行して舞台音楽やCM音楽、オリジナルミュージカルの制作にも携わっており、作曲、編曲、作詞、脚本まで幅広く手掛ける。また、音楽講師、ラジオパーソナリティ、絵本作家としてもマルチに活躍中。
公演情報
Utageki『リチャード二世』
日:2025年1月24日(金)~26日(日)
場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
料:S席8,000円 A席6,000円
S席[学生・22歳以下]4,000円
A席[学生・22歳以下]4,000円
※要身分証明書提示(全席指定・税込)
HP:https://www.utageki-shakespeare.com
問:Utageki
mail:utageki_richard2@mi-mo-za.com