深井邦彦の二人芝居を新たなメンバーで再演 ラブホテルの一室で交わされる喪失と再生の物語

 プロデューサーの本多真弓が2020年のコロナ禍で立ち上げた演劇企画「グッドディスタンス」。次回公演は、深井邦彦が描く男女の二人芝居『人という、間』に決定した。本作は、同企画4回目の公演『風吹く街の短篇集 第四章』で上演された作品の再演となる。
 今回はキャスト・スタッフを一新し、新たに物語を創り上げるという。演出を務める藤井ごう、元旦那役を演じる津村知与支、オーディションで出演を勝ち取った増田有華、そしてプロデューサーの本多真弓に公演への想いなどを聞いた。


―――グッドディスタンスは、コロナ禍に旗揚げし、演劇の灯を絶やさずに続けてきた企画です。改めて、本多さんから今日まで駆け抜けてきた思いをお聞かせください。

本多「グッドディスタンスはコロナに入って始めた企画で、これまでみんなで支え合って2年間で34作品を展開してきました。そうした中、今回は初めて単独で公演を行います。当たり前にやってきた公演に戻って、改めて1つの作品を丁寧に創ろうという思いでスタートしました。今回は再演なんですが、メンバーを変えて違う形で創っていくことに挑戦します。
 今振り返ると、私自身コロナ禍になってから、慌ただしく作品を創ってきたと思います。演劇を続けなくてはいけない、たくさん創ろう、演劇を活発にしようと必死にやってきました。しかし今、1つの作品を丁寧にじっくりと創り上げたいという欲が強くなってきて、原点に戻って創りたいと思っています。
 この作品を初演したのは2021年で、まだ劇場内のソーシャルディスタンスを徹底しなければいけない時期でした。(下北沢)OFF・OFFシアターで1公演に20人くらいしかお客様を入れることができなかったんですよ。たくさんのお客様を帰してしまったという記憶と、これだけ時間をかけて作ってきたのにこの人数にしか観てもらえないという辛さがありました。
 その反動か、今回はグッドディスタンスとしてはロングランの2週間公演です。二人芝居で15ステージ。なかなかの挑戦です。いい作品を長い期間、上演すれば、評判が広まって、お客様が必ず来てくれる。そう信じていて。そうした願いを込めて立ち上げた企画です」

―――たくさんのオリジナル作品を上演してきた中で、この作品を再演しようと考えたのはどんな思いからだったのですか?

本多「このグッドディスタンスで深井邦彦さんという作家と出会い、彼の作品に注目してきました。先ほども話しましたが、やはりこの作品をたくさんの方に観ていただくことができなかったという悔しい思いもありますし、難しい本ではありますがもっともっと面白くなる可能性があると考えていました。
 今回、この本を面白くするために演出の藤井ごうさんに力になっていただくことで、より面白い作品ができるのではないかという期待があります。そして、津村知与支さんと増田有華さんとこのメンバーですごく質の高い芝居が創れるんじゃないかという希望があり、再演させていただくことにしました。」

―――藤井さんは、このお話を受け、台本を読まれて、最初はどのような感触だったのですか?

藤井「深井くんの本が面白いのは知っていましたが、この作品は観ることができていなかったので、『なんだ、この本は⁉』というところからまずは始まりました。あるシチュエーションの中で物語が進んでいきますが、吸引力がすごくて、その状況に置かれた2人の攻防戦を見事に描いています。
 ただ、説明がすごく少ないので、俳優さんにかかってくるなとも感じました。じっくり読んでいくと、人間の浅はかさと深さ、どうしようもなさと愛らしさが同居した人間臭い本で、深くも読めるし、軽妙でもあるんです。
 再演ではありますが、僕たちにとっては初演です。本がすでに出来上がっているという再演の強みを生かして稽古場でいろいろな角度から検証して、俳優さんの心をそこに費やしてもらう。そういう意味では、時間もかけながら丁寧に創り上げていけば、面白く深い作品になるんじゃないかなと思っています」

―――津村さんはオファーを受けて、どのようなお気持ちでしたか?

津村「僕も深井くんの作品は以前から好きで、面白いと思っていたので、本当に嬉しかったです。しかし、僕自身の事情でスケジュール的にかなりタイトで、この二人芝居にがっつり取り組むことができるのかという不安がありました。
 ただ、台本を読ませていただく機会をいただいて、改めてセリフの力があり、むき出しの人間が描かれているこの作品に惹かれました。タイトで厳しい状況でも役者として受けない手はないと強く思ったので、ご迷惑をおかけしてしまいますが、なんとか皆さんの足を引っ張らないように努力していこうと、お引き受けさせていただきました。
 今(取材当時)本読み稽古が始まり、非常に手ごわい本ですが、お受けしてよかったなと今のところは思えています。もちろん、これから大変だということは分かっていますが(笑)。今はそんな気持ちです」

―――増田さんはオーディションを経て出演が決まったそうですね。

増田「以前から津村さんが出演されているモダンスイマーズのファンで、公演を観に行っていたのですが、その時のチラシの中に一際目立つ『妹役オーディション』という文字を見つけて、ビビビッときたんです。そのチラシをカバンの中に詰めて家に帰って、その日に応募して。
 普段、オーディションは力んでしまうことも多いのですが、このオーディションは、本多さんもごうさんもすごく寄り添ってくれて、(オーディションの部屋に)入った瞬間に『一緒にいいものを創りましょう』という空気感が漂っていました。戦いというよりも一緒に創っていく仲間として見ようとしてくれているのを感じ、緊張するというより楽しもうと思えたオーディションでした。
 津村さんが最終オーディションにいらっしゃって相手役してくださったんですが、面白すぎてオーディションだということを忘れてゲラゲラ笑ってしまうほどだったので、これで落ちたらそれはそれだと清々しい気持ちでいました。でも、こうして切符をいただいたので、いただいたからには皆さんの期待以上のものを発信できたらという思いでいます。
 ただ、二人芝居ですので、あまり気張りすぎてしまうと、お客さんにも伝わってしまうと思うので、気張りすぎずに。本がとにかく面白くて、テンポがあるので、津村さんと一緒に本の中の波を乗りこなすような気持ちで、一瞬一瞬を大切に演じられたらと思っています」

―――本多さんと藤井さんから、このお二人のどんなところに魅力を感じられてキャスティングされたのでしょうか?

本多「ごうさんとどなたがいいかとお話をしていた時に、津村さんのお芝居を観る機会があり、絶対に合うと思い、お声がけしました。ごうさんと津村さんが今回が初めてなのもまた嬉しいです。
 津村さんが決まったことで、次にお相手役をどうしようとなり、オーディションを行わせていただきました。オーディションでは様々なすてきな出会いがありましたが、その中でも増田さんはセリフを誰よりも自分のものにしていて、作品への関心の高さと本気度が感じられて、一生懸命頑張ってくれる気持ちが伝わってきたのが、私にとってはありがたかったですね。
 この役はすごく難しい役だと思うんです。35歳のシングルマザーでデリヘル嬢の役。オーディションで増田さんの演技を見た時、あー増田さんは、今までいろいろな経験をしていらっしゃるんだろうなーと。この役を通して垣間見れたというか、きっと稽古を重ねていくうちに彼女の人生経験が役に染み出て深みが出てくるんじゃないかなと楽しみにしています」

藤井「オーディションで様々な方に演じていただきましたが、本をきっかけに1番化学反応が起こりそうなお二人だなと感じました。深井くんの本の奥行きみたいなものを描きたいと考えていたので、このお二人なら奥行きが触れ合って新しい色を表せるのではないかと感じました。
 僕はあまりトップダウンで『これをこうして欲しい』という創り方をしない演出家なので、オーディションの間もそうではないアプローチで投げかけをしたのですが、1番感じ取って動いてくれたのも増田さんでした。今回、一緒にモノづくり出来る相手を探していたので、その意味でも魅力的でした」

―――すでに(取材当時)本読みがスタートしたと聞いています。津村さんと増田さんは本読みを通して今、どんなことを感じていますか?

津村「とにかく今の段階で本がすごく面白い。けれどその一方で、演じるのは少し怖いとも感じています。セリフに説明がないので、逃げ場がないんですよ。
 説明が多いと『説明ばっかりで面白くない芝居』と言われますが、なければないで大変。ある意味では、そぎ落とされたセリフです。二人の反応だけで物語を見せていくので、がっつり読み込んでいかないとガタガタと崩れてしまうという恐怖心みたいなものがあります。
 ただ、それを今の段階から感じられるということは、逆に言うと心強い。本番でお客さんに立ち向かう前にそういう怖さを知って、取り組んだ上で最終的にお客さんに見せることができるという予感があるので、このままその怖さも感じながら、でもそこにあえて突っ込んでいくっていうような作業をしていければと思います。今は、この先がすごく楽しみです」

増田「オーディションの時はまだ出演できるか決まっていなかったので、ただただ楽しそうと思いながら読んでいましたが、いざ出演が決まって改めて読んでみると『ずっと話しているな』と(笑)。(台本のページを)めくってもめくっても、ずっと話しているので、1回、我に帰ってこれはまずいぞと思いました(笑)。
 セリフが似通っているのに全く違うニュアンスだったり、相づちがすごく丁寧に1個ずつ書かれてあって、それも少しずつ違っていたりするので、それを落とし込む大変さと、落とし込んだ後にいかに演じていくのか。本番中に自分がどうなっていくんだろうっていう怖さももちろんありますが、せっかくこれだけがっつり二人でお芝居させていただく機会をいただいているので、とにかく全力で津村さんと一緒に挑んでいけたらと思っています」

―――お二人が演じる役柄についても教えてください。今は、どのような人物だととらえていますか?

津村「奥さんを亡くした、元旦那です。奥さんを忘れられずに5年間過ごしてきて、苦しみ続け、今も苦しんでいます。ある意味では自由度のある本なので、説明がない分、自分の中で染めていく作業を稽古場でしていけるなと思っています。なので、創り込んでいける役です。観ている人が『本当にこういう人、いるよね』と実感を持てる、地に足がついたキャラククターを創っていきたいです。津村知与支49歳の中身を使って、人間を造形していければいいと思っています」
増田「私は姉を亡くした妹で、シングルマザーのデリヘル嬢です。津村さん演じる元旦那さんと私が密室にいて物語が始まるという物語です。他愛もない会話に見えますが、お互いに同じものを喪失しているので、会話を交わしていくにつれ、心が寄り添っていき、自分では見えていなかった自分の影や光を見ながら、吐露することができなかった自分の思いを見つけていきます。まさに喪失と再生の二重奏です」

―――藤井さんは、本作を演出するにあたって、今、どのようなことを考えていますか?

藤井「二人の現在(いま)をちゃんと描くこと。もちろん台本はありますが、この二人のやり取りがその場で現在進行形で進んでいく物語なので、お客さんはそれを眺めながら、ささやかな人間の心の旅を一緒にしていただければと思います。劇場に入った時と出た時で心のあり方が、人の見つめ方がほんの少しでも変わればいいなと。そういう作品かなと思っています」

―――先ほど、増田さんがオーディションでゲラゲラ笑ったとお話しされていましたが、じっくりと人間ドラマを描いているだけでなく、笑いもたくさんある作品のでしょうか?

増田「人間ドラマをじっくりと描いている作品ではありますが、だからこそ、へんてこりんな会話を二人が真面目にしているというのが面白いんですよ」

本多「お話も展開も面白いのですが、ここにいる二人が面白い」

藤井「台詞をより自分のものとしたら、どこまで広がるんだろうという期待は高いです。すごく楽しみです」

本多「この時間を目撃しに来て欲しいですね」

津村「ロングランの公演なので、最初から最後まで毎回、違うでしょうし、どれが正解ということではないというのが面白くて。毎公演ごとに変わっていくところも楽しめる作品だと思います。それがライブならではの魅力だと思いますし、それを体感できる公演になると思います」

―――改めて公演に向けての意気込みや、読者へのメッセージをお願いします。

藤井「特殊なシチュエーションの中、特殊な関係の二人が繰り広げていく会話劇ですが、その中に実はどんな方が観ても感じる共感や反発、つまり観ていて心が動く瞬間の多い作品だと思います。先ほど、心の旅と言いましたが、お客さんも一緒になって『これ、どうなるんだろう』『そう気づくのか!』と心を寄せていただけるところがたくさんあると思います」

津村「手強いと言ってしまいましたが、分かりやすく、観やすく楽しめる作品ですので、構えることなく、ご覧いただけたらと思います。まずはそれが大事だと思いますので、4人で力を合わせて頑張ってまいりたいと思います。ご期待ください」

増田「あまり気負わずに来ていただけたらと思います。短編や朗読劇以外でのガッツリとした二人芝居は初めてなので、自分の殻を破って新しいものを見せていけたらと思います」

本多「とにかくいろいろな方に観ていただきたいですし、いろいろな方が楽しめる作品になると思います。ドキドキヒリヒリした物語ですが、笑いもいっぱいです。稽古でお二人の掛け合いを聞いているだけでも笑ってしまうほどですので、きっと楽しんでいただけると思います。演劇好きな方にはぜひご覧いただきたいですし、演劇を観たことがないという方にも届けたいという思いを強く持っています。そうした方たちにも観ていただけるように情報を広く伝えていきたいと思います」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

津村知与支(つむら・のりよし)
1975年7月13日生まれ、北海道出身。1996年に舞台芸術学院卒業後、2003年に主宰の西條義将と劇作家・演出家の蓬莱竜太が立ち上げた劇団「モダンスイマーズ」に入団。その他、扉座の犬飼淳治と道産子ユニット「道産子男闘呼倶楽部」、ふくふくやの清水伸とのユニット「道産子と越後人」など、劇団以外でも勢力的に公演を行っている。また外部の舞台やドラマ・映画でも幅広く活躍。【舞台】PARCO PRODUCE 2020『FORTUNE』、『画狂人 北斎』、【TV】テレビ朝日『相棒』season18、NHK連続テレビ小説『虎に翼』など、多数出演。

増田有華(ますだ・ゆか)
1991年8月3日生まれ、大阪府出身。2006年4月1日AKB48 2期生としてデビュー、2012年卒業。宮本亜門演出のミュージカル『ウィズ~オズの魔法使い~』主演・ドロシー役で一躍注目を集める。主な出演作に、テレビ東京 ドラマ24『リミット』、NHK『野田ともうします。』、朗読劇『私の頭の中の消しゴム』7Th letter、舞台『タンブリング』FINAL、ミュージカル『ファウスト~最後の聖戦~』、映画『呪報2405 ワタシが死ぬ理由』など。2014年『KREVAの新しい音楽劇「最高はひとつじゃない2014」』に出演し、歌唱力が認められる。他、様々なジャンルで活躍中。

藤井ごう(ふじい・ごう)
1974年生まれ。演出家・劇作家。R-vive主宰。”人の心”に焦点をあてる繊細で緻密な側面を持ちながら、奔放さと大胆さを兼ね備えた演出に定評があり、小劇場から新劇・ミュージカル・ノンバーバルとジャンルを選ばない。また俳優養成所・大学講師や、プロレッスン・ワークショップコーチなど、その活動は多岐に渡る。燐光群『カムアウト2016←→1989』・秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場第115回公演『郡上の立百姓』・椿組2016年秋公演『海ゆかば水浸く屍』の3作の演出で第58回毎日芸術賞 第19回千田是也賞、メメントC 第10回公演『ダム』で平成26年度文化庁芸術祭 優秀賞、メメントC+『太平洋食堂』で門真国際映画祭2021 舞台映像部門 優秀作品賞・大阪府知事賞を受賞した。

本多真弓(ほんだ・まゆみ)
1973年6月20日生まれ、東京都出身。ヘリンボーン所属。桐朋学園短期大学演劇専攻を卒業後、劇団青年座研究所を経て、自らプロデュース・出演する企画ユニット「クレネリZERO FACTRY」を作家の大岩真理と共に立ち上げる。2001年から活動を開始し、回を重ねるごとに話題を呼んだ。2006年、出産を期に演劇活動を休止。2017年、俳優の西山水木と共に「下北澤姉妹社」を立ち上げ、出演。商業から小劇場まで様々なジャンルの舞台に出演。他、声優としても活躍中。近年は演劇プロデューサーとしても活動し「グッドディスタンス」・「令和で万葉プロジェクト」などの公演を行っている。

公演情報

グッドディスタンス vol.8
『人という、間』

日:2024年11月7日(木)~17日(日)
場:下北沢 OFF・OFFシアター
料:4,000円 初期割[11/7・8]3,500円
  (全席自由・税込)
HP:https://www.gooddistance.net
問:SUI<スイ> mail:gooddistance@gmail.com

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