国際的なコンクールへの入賞をきっかけに、意欲をさらに高めている橘和美優 今まさに注目すべき新星が、シベリウスの難曲に挑む

 音楽には色々な楽しみ方がある。クラシックであれば作曲家や時代毎に異なるスタイルを楽しむだけでなく、同じ曲でも指揮者やオーケストラ、ソリスト(独奏者)による個性の違いを味わうのも楽しい。さらに、世界的に知られる巨匠の演奏だけでなく、これから大きく伸び行く才能に注目して聴くのも面白い。若芽が徐々に幹を太くし、やがて活き活きした若葉を茂らせる。そんな演奏家としての成長を眺めるのは、なんとも贅沢な楽しみではないだろうか。
 ヴァイオリン奏者の橘和美優はまさにそういった伸び盛りの若芽だろう。幼い頃からヴァイオリンに親しみ、国内のいくつものコンクールで評価を重ね、そして昨年のロン=ティボー国際音楽コンクールで5位入賞を果たした逸材だ。ソリストとしての“これから”を期待させる橘和は、この秋にすみだトリフォニーホールで開催される『SMBC presents “新しい風”名曲コンサート vol.2~チャリティーコンサート~』で大友直人指揮の新日本フィルと共演する。彼女が挑むのはシベリウスの『ヴァイオリン協奏曲』。大舞台を控えての心境を訊いた。


―――まずは、ロン=ティボー国際音楽コンクールでの入賞、おめでとうございます。

 「ありがとうございます。これまで挑んできたのは国内でのコンクールでしたから、こんなに国際的で大きなコンクールに入賞できて、自分でもビックリしました。そしてファイナルでコンチェルトを弾くことができたのは嬉しかったです」

―――ヴァイオリンは子どもの頃から手にしていたそうですね。

 「母の影響があって2歳から始めましたので、自分の記憶があるときにはもう楽器を触っていたんです。それこそおもちゃにしていたのかも知れません」

―――東京藝術大学附属音楽高校を経て東京藝大へ進まれるわけですが、ヴァイオリンの道に進もうと決心されたのはいつ頃でしたか。

 「小学校4年生の頃でした。その当時、藝大出身で藝大やコンクールにたくさん生徒さんを送り込んできた先生についたのですが、その先生が、フランスの世界的なヴァイオリニスト、ジェラール・プーレ先生のマスタークラスをされることになったんです。
 そのクラスを受けるにはオーディションに通らなくてはいけないのですが、オーディションを受けたいなら、将来的にヴァイオリニストになるという覚悟を決めなさいといわれました。それが出来ないなら(オーディションも)受けさせませんと。それを受けて自分から真剣にヴァイオリンに向き合います!と言った……らしいのですが、実はその記憶がないんですよ(笑)」。

―――小学生ですからね(笑)。今はソリストへの道を意識されているそうですね。

 「はい。でもロン=ティボーに入賞できなかったら、ソリストへの道は諦めようかなと本気で思っていました。ファイナルに残ることが出来たので、自分の中にも欲が出てきましたし、正直少し悔しく思っている部分もあります。だからこそもっと道を究めたいと思うようになりました。そのタイミングで大学院に残ってもっと勉強するという選択をしました」

―――大学院は藝大ではなく東京音楽大学を選ばれたんですね。

 「高校の頃から大谷康子先生に御世話になっているのですが、私の大学卒業を期に以前から大谷先生が教授を務めていらっしゃる東京音大の大学院に進みました。そこで海野義夫先生や小栗まち絵先生と出会い、今はご教授いただいています。

―――さて、今回新日フィルと共演されるシベリウスのヴァイオリン協奏曲は、数ある協奏曲の中でも難曲だと言われています。

 「そうですね。どんなコンチェルトでも難しさはありますが、シベリウスは自分自身もヴァイオリニストを目指していたので、ヴァイオリンのことや技術的なことを理解してこのコンチェルトを書いたと思うんです。重音やリズムなどとても難しい部分が沢山あって、ちょっと苦手意識を持っていました」

―――挑まれるのは初めてですか。

 「いままで勉強していく中で練習曲として選んだことはありますが、ソリストとしてオーケストラと演奏するのは初めてです」

―――テクニックもさることながら、フィンランドが産んだ偉大な作曲家であるシベリウスが書くメロディは、クラシックの中で王道の流麗なメロディとは異なる個性を持った、フォークロアな雰囲気があります。その表現も難しいのではないですか。

 「そういった部分もありますね。さらにリズムも他のコンチェルトより複雑で、それをしっかり弾きこなした上で、民族的な部分を引き出すのが大変だと思います。北欧の作曲家特有の暗さも持っていますが、そこが心に響く部分でもあります」

―――共演は大友直人さん指揮の新日本フィルです。初顔合わせだとか。

 「ご一緒するのは初めてです。大友先生はさまざまなオーケストラを指揮されてきた方ですから、その指揮で演奏できるのは光栄です。ともかくご迷惑をかけないように頑張りたいと思っています。新日本フィルもクラシックだけでなく、誰が聞いても楽しいコンサートをたくさん(開催)されている、楽しそうなオーケストラのイメージがあります。
 (この日の取材前に)新日本フィルによるジャズに寄ったクラシック・プログラムのコンサートを聴いたのですが、クラシックとはまた違う魅力を持った音色が、普段自分の弾いているのと同じ楽器から出るのは不思議でした」

―――“楽器”といえば、橘和さんが使われているのは名器で知られるストラディヴァリウス製作の17世紀のもので、たくさんのヴァイオリニストを応援している宗次コレクションから貸与されていると聞きましたが、普通の楽器とはやはり違いがありますか。

 「今まで使ってきた楽器とは時代も違うわけですが、ともかく鳴らすのが難しいんです。ストラド(ストラディヴァリウス製作による楽器の通称)でしか出せない音色があって、現代の楽器と同じように弾いてもストラドの音は出ません。レッスンでは力むなと言われています。
 楽器本来の音を出すには弾き込んで研究しないといけませんが、そのうちにいい音が出てくるのは楽しいですね。今の楽器は私の手元に来て1年くらいですが、だいぶ仲良くなってきていて、音も出てくるようになりました。楽器を鳴らすにはまず仲良くならないといけませんから。その点では新しい楽器の方が鳴らしやすいと思います」

―――それではコンサートに向けての抱負をきかせてください。

 「今回新日本フィルの皆さん、そして指揮者の大友先生と初共演できることは凄く楽しみですし、シベリウス、そして彼が生まれ育った北欧のイメージを伝えることができるように頑張りますので、是非聴きに来て下さい。将来は自分にしか出来ない音楽が出来る演奏家であり、“橘和美優”の演奏を聞きたいと皆さんに思ってもらえるような演奏家を目指して頑張りたいです」

(取材・文&撮影:渡部晋也)

プロフィール

橘和美優(きつわ・みゆ)
神奈川県出身。ヴァイオリン教室を開いていた母の影響で、幼少の頃からヴァイオリンに親しむ。小学生の頃からコンクールに挑戦し、第66回全日本学生音楽コンクール 小学校の部 東京大会で第3位になる。第68回全日本学生音楽コンクール 中学生の部 東京大会では奨励賞を受賞。第2回ツィゴイネルワイゼンヴァイオリンコンクールで優勝するなど、実績を積む。宮下要、窪田茂夫、窪田壽子、ジェラールプーレ、大谷康子、海野義夫、小栗まち絵、各氏に師事。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、東京藝術大学を首席で卒業。卒業時にはアカンサス音楽賞を受賞する。現在、東京音楽大学大学院に特別特待奨学生として在学中。近年の受賞歴に、第89回日本音楽コンクール入選、第19回東京音楽コンクール 弦楽部門第2位・聴衆賞、第8回仙台国際音楽コンクール第5位、第9回宗次エンジェルヴァイオリンコンクール第1位、併せて中部フィルハーモニー交響楽団賞・聴衆賞など。使用楽器は、宗次コレクションより貸与されているA.Stradivari“ex.Rainville” 1697年製。

公演情報

SMBC presents『“新しい風”名曲コンサート』vol.2~チャリティーコンサート~

日:2024年10月20日(日)14:00開演(13:15開場)
場:すみだトリフォニーホール 大ホール
料:S席 一般5,000円
     学生2,000円 ※要身分証明書提示
  A席 一般3,000円(全席指定・税込)
HP:https://www.njp.or.jp
問:新日本フィル・チケットボックス
  tel.03-5610-3815(平日10:00~18:00/土10:00~15:00/日祝休)

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