普通の青年が時代に巻き込まれ、翻弄される姿がこの戯曲の魅力 「繰り返してはいけない悲しいこと」だけではない、新たな視点から描く“戦争”

 ドイツ人作家のゲオルク・カイザーが、日本の軍国主義を痛烈に批判した『兵卒タナカ』。昨年急逝したオフィスコットーネ代表・綿貫凜の構想をもとにした企画が動き出し、演出・五戸真理枝、出演は平埜生成・瀬戸さおり・朝倉伸二・かんのひとみ・渡邊りょう・土屋佑壱・名取幸政・村上佳・比嘉崇貴・須賀田敬右・澁谷凜音・永野百合子・宮島健といったメンバーが顔を揃えた。代表して、五戸・平埜から話を聞いた。

―――まずはこの企画のお話をいただいた時の思い、意気込みを教えていただけますか。

五戸「私が綿貫さんと出会ったのは2022年。『貴婦人の来訪』を上演した時に来てくださって、客席で1番目立つくらい大笑いしていました。
 一緒にお芝居を作ろうということになり、綿貫さんは戦争ものを扱うことが多いけど、どういう思いで作っているかを聞きました。私も戦争を語り継がないといけないと思っていること、戦争を経験した世代がいなくなっていく中で語り継いでいく方法をもっと探さないといけないという話をして。印象的だったのが、綿貫さんが『自分は贖罪のために演劇を作っている』とおっしゃっていたこと。人類の罪を背負って生きているというか、熱意に驚きました。
 戦争ものをやろうと決めて、戯曲を持ち寄った中にあったのが『兵卒タナカ』。戦争経験者が減ってきていますが、それによって戦争の描き方を変えられる面もあるんじゃないかというお話もしました。無意識のうちに当事者の気持ちを慮ってきた表現を、より平等な視点・踏み込んで描けるんじゃないか。それができるのがこの戯曲なんじゃないかという思いで綿貫さんとほぼ100%合意しました。創作の強いエネルギーをいただいたことを覚えています」

平埜「率直にありがたかったです。単独主演も初めてで、嬉しさと責任感、頑張らなきゃという気持ちがありました。去年の今頃、五戸さん・綿貫さんとお話しする機会を設けていただき、作品にかける思い、戦争への思いを聞いてお受けすると決めたんです。
 その数日後に綿貫さんの訃報が届いて、すごく衝撃を受けたと同時に不思議な感覚がありました。綿貫さんのことは昔から知っていたし、コットーネさんからお話をいただいたこともあったけどタイミングが合わず……という中で、ようやくご縁が繋がった時だったので、たすきを渡されたような気持ちになりました。こうして実現に向けて動き出し、なんとしても果たさなければという思いです」

―――作品からどんな印象を受けましたか?

平埜「まず思ったのは、“翻訳劇なのになんで日本人が出てくる日本の話なんだろう?”ということ。1940年代ということは今より情報を入手しづらいのに、ドイツの作家がなぜここまで濃密に日本人を描けたのかと衝撃を受けました。ところどころに文化の違いも出てくる。例えば日本だと陸軍は全員坊主なのが当たり前だけど、ドイツだと坊主は囚人の象徴。その差も面白かったですね」

五戸「私もドイツ人が書いているのに日本の話で、しかもすごく深いところまで入り込んでいる衝撃が最初でした。(タナカが)妹のお婿さんになる友達を連れてきたのに、妹がすでに売られていて、しかも妓楼で再会して最後には殺すことになってしまう展開の鮮やかさ、そこから繋がる裁判のシーンと強烈な長台詞。戯曲が持っている強さと作家が込めたメッセージの強さ、表現力に衝撃を受けました」

―――本読みをされたということですが、本読みをした感想、他のキャストさんの印象を教えていただけますか。

平埜「セリフも多くてこれは大変だと思いました。タイトルロールとして作品を背負うことが実感として迫ってきましたね。つっちーさん(土屋佑壱)とは共演経験があるので再びご一緒できるのが嬉しいですし、五戸さんはこまつ座の『私は誰でしょう』という作品で演出助手をされていて色々お話ししていたので、一緒にお仕事できるのが楽しみです。カンパニー全体としても、幅広い年代が揃っているのでワクワクしますね」

五戸「おっしゃる通り、年齢もお芝居への考え方も様々な皆さんが色々な色を持ち込んでくれそうな印象です。村や妓楼、裁判所などの場面ごとに色濃く表現しないといけないことがありますが、皆さんの感性を活かしたら彩りを持って描いていけそう。みんなで話しながら作っていけたらいいですね」

―――タナカという青年の印象も伺いたいです。

平埜「読んでいて共感しかなかったです。時代に飲み込まれていく様子、言われたことに従って生きている姿に、自分を見ているような怖さがありました。僕は自分をすごく普通な人間だと思っていますが、タナカも同じ普通の人間なんだと感じました」

五戸「確かに普通の青年ですが、やるべき時に射撃で満点を取れるとか、落ち着きや精神力があり、でもそれをひけらかさない慎ましさもあって、それがみんなの信頼を得ている。いいやつですよね。真面目を貫いた結果、死ぬことになってしまう。普通の人間ならどこかで妥協して逃げてしまうんだろうけど、逃げなかった。そこがタナカの魅力であり悲しさだと思います」

―――お互いの印象を教えてください。

五戸「こまつ座でご一緒した時の印象が強いんですが、自分から主張するタイプではなく、ただ真面目に稽古場に存在している。それでいて情熱をすごく感じるのが不思議でした。特別言葉を交わさずとも、この人なら信じられると思える人です」

平埜「だからタナカかと納得しました。台本を読んでいても、タナカが言われたことを頑張ってやる姿は僕にとっては普通のこと。だから自分のようだと思ったのかもしれません。
 こまつ座でご一緒した時、五戸さんは演出助手をされていたんですが、ふと悩みを漏らした時に『こう考えるのも面白いと思いますよ』とアドバイスをくれました。その後、五戸さんの作品をいくつも見て、僕がいうのはおこがましいけど、お客さんに感情移入させない演出をすると思っています。真面目に社会を批判する作品でも、登場人物の格好や美術がふざけている。それが面白いし、本人の柔らかい人柄を知っているからこそ、あえて外すことに強い意志を感じて興味深いです。絶対いつかご一緒したいと思っていたので嬉しいですし、どう転んでも面白くなると思いますね」

―――現時点で、演出についてどう考えていますか?

五戸「ドイツ人が書いた戯曲ということもあって事実に対する距離や批評性があると感じます。戦争ものってどうしても“忘れないようにしよう、繰り返さないようにしよう”と、いけないこと・悲しいできごととして描かれることが多いですけど、もっと引いた視点で描けないかなと思って。今も世界でひどいことが起きているのに止められないのを目の当たりにしていると、いくら『悲しいことを忘れてはいけません』と叫んでも戦争は起きるじゃないかと無力感を覚えてしまう。
 この戯曲はゲオルク・カイザーさんがナチスに迫害され、8年ほど自作の出版も上演も禁止されるなか、スイスに亡命し、鬱を患いながら書いた作品。絶望の中での作者の叫びをどう響かせるかを考えています。カイザーさんは表現主義と言われていて、写実性よりももう少し踏み込んだ表現を模索している方です。
 演出においても、戦争をリアルに表現するのとは違う方向性にしたい。削ぎ落とした表現で、見ている方に積極的に想像してもらえるようなものにできないか考えているところです」

―――平埜さんは、役作りのためにしようと思っていることはありますか?

平埜「ないです(笑)。もちろん時代背景などは真面目に勉強します。ただ、演劇はあくまでエンターテインメントだと思っているので、説教くさくはなりたくない。今まで関わってきた作品の中にも重いテーマを持つものはたくさんありましたが、観てくださる方に思想や考えを押し付けるものではありませんでした。
 初めて本読みをした時に、五戸さんが『踊りたいです』と言っていたのが面白くて。読めば読むほど、戦争について言及しているわけではなく、あくまでも普通の人間が時代に巻き込まれていくような感覚の戯曲。その様子をエンターテインメントとして描けたら。五戸さんと一緒に楽しくやっていけたらという感じです」

―――ビジュアルも非常に印象的。意図や撮影時のお話をお伺いしたいです。

平埜「撮影は15分くらいで終わりました(笑)」

五戸「早い!」

平埜「デザイナーさんが確固たる意志を持って『こうしてほしい』と言っていて」

(コットーネ担当者「翻訳劇ということを強く意識して、ラフをいくつか作った中で、平埜さんの目の力強さを前面に押したいということになってこの構図に決めました。
 ドイツの地下鉄に貼ってある文字だけでデザインされた蛍光色のチラシをイメージして、仮チラシはオレンジでしたが、平埜さんの写真を使うことが決まり、モノクロに黄色の差し色に。コットーネでも今までにない、格好良くて挑戦的なデザインに仕上がりました」)

―――最後に、お客様へのメッセージをお願いします。

平埜「やっぱりお客様あっての演劇だと思うので、多くの方に見に来ていただきたいですし、満足してもらえるように全力で頑張りたいです」

五戸「綿貫さんの思いを継ぐというか、背負いたい気持ちもあります。でも、私自身は見ていて苦しくなる作品が少し苦手。描き方については演劇の可能性を追求したいです。
 ある戦争に巻き込まれた青年の悲しい物語を語ることで、私たちも巻き込まれるかもしれない・巻き込まれている人を救えていないフラストレーションを大きな声にするというか、カイザーさんが書いた戯曲を最大限響かせられるような表現を皆さんと話し合いながら探したいです」

(取材・文&撮影:吉田沙奈)

プロフィール

平埜生成(ひらの・きなり)
1993年2月17日生まれ。2009年から退団するまでの8年間、「劇団プレステージ」の中心メンバーとして数多くの作品に出演。舞台『ロミオとジュリエット』、『オーファンズ』、『誰もいない国』、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『常陸坊海尊』・『アーリントン』、『ウェンディ&ピーターパン』、パルコ・プロデュース2022『VAMP SHOW』、こまつ座公演『吾輩は漱石である』、『マーク・トウェインと不思議な少年』などに出演し、数多くの演出家から信頼を得ている。20年に上演したこまつ座『私はだれでしょう』で十三夜会 令和二年十二月 月間賞 助演賞を受賞。映画『影裏』、『るろうに剣心 最終章 The Beginning』、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』、『インビジブル』、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』、など話題作にも多数出演。

五戸真理枝(ごのへ・まりえ)
1980年生まれ、兵庫県出身。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。2005年、文学座付属演劇研究所に45期生として入所し、2010年に座員昇格。演出部や演出助手として劇団内外の多数の公演に関わる。主な演出作品に、しんゆりシアター『三人姉妹』・『桜の園』・『人間ぎらい』、『どん底』、『命を弄ぶ男ふたり』、PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『新ハムレット ~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?』など。

公演情報

オフィスコットーネプロデュース『兵卒タナカ』

日:2024年2月3日(土)~14日(水)
場:吉祥寺シアター
料:一般6,000円
  お得チケット[2/3・5・9]5,500円
  U25[25歳以下]3,500円
  U18[18歳以下]1,500円
  ※U25・18は団体のみ取扱/要身分証明書提示
  (全席指定・税込)
HP:http://officecottone.com
問:オフィスコットーネ
  mail:cottonedeluxe@gmail.com

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