遠藤周作の生誕100周年を記念し、音楽座ミュージカルが『泣かないで』を上演。初演は1994年で、以来同カンパニーの代表作の1つとして再演を繰り返し、読売演劇大賞優秀作品賞をはじめ数々の賞を受賞してきた。
物語は戦後間もない東京が舞台。大学生の吉岡努はクリーニング工場で働く女子工員・森田ミツと雑誌の文通欄で知り合い、デートの約束を取り付ける。ミツは大学生とのデートに胸躍らせるが、吉岡にとって彼女は束の間の遊び相手で、一夜を共にすると姿をくらませてしまう。そうとは知らないミツは吉岡と再び会う日を夢見て――。
7年ぶり待望の再演となる今回、吉岡を演じる安中淳也とミツを演じる森彩香の2人に、役へ挑む心境と本作への想いを聞いた。
―――安中さんは今回7年ぶりに吉岡を、森さんは本作初出演で主役のミツを演じます。
安中「僕が初めてこの作品に出演したのは2006年で、長島という吉岡の悪友役でした。その後2009年・2014年・2016年の再演に出演し、吉岡は2014年から演じています」
森「凄い、今回で5回目ですね! 私が音楽座ミュージカルに入団したのは最後にこの作品を上演した直後で、初演は生まれたての頃でした(笑)。だからリアルではこの作品を観ていなくて」
安中「この作品は遠藤先生がとても愛してくださって、初演をご覧になったとき号泣されたと聞いています。でも本音を言うと、僕自身は最初はあまりこの作品が好きになれなくて――。ミュージカルといえば、華やかな気持ちになれるもの、晴れやかに終わるものだという意識があって、そこが当時の自分の感覚とマッチしなかったのかもしれません」
森「私も最初はすごく暗いイメージでこの作品を捉えていたところがありました。だいたいタイトルが『泣かないで』という時点で、“泣いている”という前提があるじゃないですか(笑)。でも団内オーディションでミツの代表曲『会えない日々』を歌ったとき、『君のミツは死ぬほど暗い』という指摘をいただいてしまって(笑)」
安中「あれはメロディに引っ張られるよね(笑)」
森「とりあえず色をつけずにまっすぐ歌詞を表現したつもりでしたけど、どうやら様子がおかしかったみたい(笑)。音楽監督に『希望を感じない。君のミツが一番ヤバい』と言われて、あぁ、違ったんだ、そういうことじゃなかったんだと。会えない時間もミツにとっては辛いだけの日々ではなかったんだと、そこで気づかされました」
安中「僕の中で作品に対する意識が変わったのは、2度目の出演のときでした。1度目は客演だったけど、カンパニーメンバーになり、作品に取り組む意識が変わってきたのかもしれません。原作から参考文献まで全て目を通し、そこで初めて人間の汚い部分まで全て曝け出し、人間の深い部分まで描いている作品だと気づかされた。この作品をやる意義というものを知り、同時にこの作品がどんどん好きになっていった感じです」
―――吉岡は一夜を共にしたミツを捨て、ミツは彼を信じ待ち続ける。役に共感する部分はありますか?
安中「吉岡は社会的地位を手に入れるために、女も棄てるし、利用もする。だけど彼は自分でも認識しているんですよね。自分がおこなっていることに罪悪感を感じながらも、でもしょうがないじゃないかと生きていく。綺麗ごとを言うこともあれば、ネガティブな部分もあって、その両方を持ちあわせているのが人間だと思う。僕自身は女性に対しては一途ですけど(笑)、これまで色々な人とのご縁の中で不義理もしたし、申し訳ないことをしてきた覚えもあって。だからこそ誰かと関わるときはきちんとしなければいけないという気持ちがあって、そういう意味でも吉岡は共感できる存在ですね」
森「私は最初なかなかミツに共感できずにいました。あんな生き方はできないとずっと思っていたんです。でもそれは私の中でミツのことを”棄てられた人”だと捉えていたからだと思う。ミツは客観的に見るとかわいそうな女性に思えるけれど、でも実はミツにとって吉岡は自分が愛した人だった。愛した人がいるということ、もう一度会いたい人がいるということで、生きていく上で前向きになれたり、背中を押してくれる存在だったんじゃないかと受け止めるようになりました」
安中「これまでミツは聖女だったり神のような存在として描かれてきたけれど、今回はだいぶ変わると思います。この人は凄い人なんだと捉えてたけど、そういうことじゃなかったのかもしれないということで、今改めてみんなでキャラクターを見直しているところです」
森「私も最初は、ミツというのは特別な人だと思っていたけど、作品をよく知るとそうではないんですよね。ミツという女性もその辺にいる人と変わりない1人の人間で、ただ自分の人生に直面していただけなんだと考えるようになりました」
安中「変わるのはミツだけではなくて、稽古の中で起こる化学変化が日々作品に反映されています。作品の基本は変わらないけど、キャストが変われば色も変わるし、時代時代の要素もあるのでそこでまた変わる。吉岡を演じるのは7年ぶりですが、年を重ねてきたぶん不安がたくさんあります。作品がどんどん変わっていくなかで、それに自分がマッチするか、吉岡を演じ切れるのか、作品の中に生きられるのか。あと吉岡はミツに一途に惚れられる存在でいなければいけない。そこの不安も凄くありますね(笑)」
森「大丈夫です、ちゃんと惚れられます! 私はもともと執着が強いタイプなので(笑)」
安中「一途を執着と言うか。いやいや、怖いでしょ(笑)」
―――初演から19年経ってなおこの作品が愛され続ける理由とは?
安中「亡くなった前代表がよく『この作品はみんな弱者なのよ、弱者の物語なのよ』と言っていたのを覚えています。みんな等身大で、だから身につまされる部分がある。そこが共感していただけるところではないでしょうか」
森「ミツにしても聖女のような存在になっていくけれど、実は普通の人間だったりしますから(笑)」
安中「僕自身昔はヒーロー・ヒロインが明確な物語が好きだったけど、音楽座ミュージカルの舞台は非常にリアルなんですよね。この作品はまさにそうで、残酷も含めて自分たちに寄り添ったリアルな世界を描いていけたらと思っています」
森「どの作品もそうですけど、日常に持ち帰っていただけたらという想いがあります。誰か別の人の話だったではなく、自分たちの物語として受け止めてもらい、自分の今いる居場所を愛おしく思ってほしい。みんな自分の居場所を探してるけど、自分の今いる場所でいくらでも自分を幸せにしてあげられるんだと気づくきっかけにこの作品がなればいいなと思っています」
(取材・文:小野寺悦子 撮影:友澤綾乃)
プロフィール
安中淳也(あんなか・じゅんや)
埼玉県出身。2006年から音楽座ミュージカルに参加。初参加から主役に大抜擢され、『とってもゴースト』にて美大生・服部光司が心の成長を遂げていく機微を見事に演じきった。その後も各作品で、主役をはじめ幅広い役柄を次々に好演。これまでの出演作に、『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』、『SUNDAY(サンデイ)』。最新作『ラブ・レター』では主役の高野吾郎を演じた。
森 彩香(もり・さやか)
広島県出身。大阪芸術大学舞台芸術学科出身。2016年より音楽座ミュージカルに参加。初舞台『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』で里美役をつとめた後、『リトルプリンス』王子役、『グッバイマイダーリン★』ねずみの奥さん役、『7dolls』でムーシュ役と続けて主役に抜擢され、大胆な演技とのびやかな歌声で注目を集めている。『ラブ・レター』では主役ナオミを演じた。
公演情報
音楽座ミュージカル『泣かないで』
日:2023年6月9日(金)~11日(日) ※他、大阪・名古屋公演あり
場:町田市民ホール
料:SS席11,000円 S席8,800円 U-25席[25歳以下・当日引換券]5,500円(全席指定・税込)
HP:http://www.ongakuza-musical.com/
問:音楽座ミュージカル mail:info@ongakuza-musical.com