2008年にイギリスで初演され、ローレンス・オリヴィエ賞など数々の賞を受賞したアレクシ・ケイ・キャンベルの傑作『The Pride』が、7月23日(土)~31日(日)赤坂RED/THEATERで上演される。
『The Pride』は1958年と2008年のロンドンが舞台。それぞれの時代には、ふたりのゲイの男性と、彼らに深い関わりをもつひとりの女性が登場する。彼らは同じ名前を持っているが、それぞれの時代でまったくの別人として、時代や社会が作り上げた障壁と戦いながら、自分に正直に生き、目の前にいる人と深く繋がりたいと望んでいく。やがて交互に描かれていた二つの時代がとけあっていくことで、時代を超えた普遍的な切ない愛と、人としての尊厳が浮かび上がっていく、非常に演劇的構造を持った作品だ。
そんな舞台の稽古を前に、PLAY/GROUND Creation代表で、演出の井上裕朗。Wキャストの8名のキャストを代表して、Aチーム(side-A)でゲイの男性オリヴァーを演じる荒木健太朗と、自分の妻にオリヴァーを引き合わされたことから、自らの心のうちに気づいていくフィリップを演じる池田努が作品に向かう気持ちを語り合ってくれた。
会った瞬間にこの人だと感じる物語
───まず今回この『The Pride』という作品を上演しようと思われたポイントから教えてください。
井上「この作品はイギリスで2008年に書かれて上演された作品ですが、日本でも既に2011年に上演されています。その時上演した団体(TPT)と僕におつきあいがあって、上演準備の段階、翻訳チェックの為に俳優の声で脚本を聞いてみたいという機会に、当時僕は俳優でしたからお手伝いで参加したんです。そこで全く初めてこの作品を読んで、何て面白いんだろう、是非自分で演じてみたいと思ったんです。
上演に際してはオーディションのようなこともあって受けたのですが、落ちて演じることができなくて。次の上演の時には絶対に自分が演るぞ!と思い続けて10年以上経ったのですが、誰にも呼んでもらえないので出るのは諦めて(笑)皆様にお任せして、演出をということになりました」
荒木「どの役を演じたいと思われていたんですか?」
井上「2011年に初めて出会った時はもう断然オリヴァーがやりたかった」
池田「そうなんですね!」
井上「若かったしね。でも今回演出するにあたって、改めて読み直したら結構フィリップがフィットする感じになっていて」
池田「僕も、自分はフィリップだなと思っています」
井上「うん、池ちゃんは(池田)は100%フィリップだな。荒木くんはどっちが良いの?」
荒木「僕はやってみたいという意味ではどっちもやってみたいと思いました」
井上「この作品は組み合わせ次第だからね。別の人とだったら、荒木くんがフィリップだったかもしれない」
荒木「それは池田さんにお会いした瞬間にわかりました。『あ、自分はオリヴァーだな』と」
井上「先ほどシルヴィア役の陽月華さんと三人で並んで写真を撮ったんですが、並んだ瞬間に、それぞれがキャラクターになっていましたね」
池田「不思議なんですけど、会った瞬間に、座っている感じからもうフィットしました。でもこれはそういう話ですよね?」
井上「そう、そういう話」
荒木「一目見て『この人は』と感じる話ですね」
演劇的な仕掛けを観る喜び
───3人が並ばれて絵が見えるというのは、この作品にとってすごく重要なことなのではないかと思いますが、改めて作品のどこに魅力を感じていらっしゃいますか?
荒木「初読の時と今とでは感覚が既に違うんです。初読の時ってやっぱり頭に情景を浮かべながら、ある意味観客として読んでいるので『あ、面白い!』と思ったのですが、いざ中に入ってみると……」
井上「オリヴァーを演じるとなると、ということだよね」
荒木「そうです、そうです。オリヴァーを演じるんだと思って読むと、文化的思想や宗教観など、自分がまだ見たことがない世界をオリヴァーは見ていて。『今まで自分が1番感動したことは……』という台詞もあるのですが、その光景をオリヴァーという人間がどう見て、どう感じたのか?を今ずっと想像している状態です。
でも自分の実体験でしか感じ取れないものもたくさんあるので、図書館に行って調べたり、動画を見たりもしていて、少しでもオリヴァーの感覚に近づきたいなという作業をいまはしています。難しいです。難しいっていう言葉あんまり使いたくないですけど、でも難しいなと感じています」
池田「作品のなかに1958年と2008年という2つの時代が出てきて。それによって同性愛についてや、様々なことが時代によってどう変わっていくのかを俯瞰している。時代が交互に行き来することで、ひとつの時代だけでは見えなかったものが見えてくる構造なんですよね。戯曲を読んでいて、その時代が移り変わっていくところが特に美しいんだろうなと思いました。2つの時代が変わっていって、人が変わるところがとても魅力的だと。それには美術が大きな要になるでしょうし、美術だけでも大きな魅力になっていくと思います」
井上「1958年と2008年が交互に出てきて、それぞれのシーンに3人のキャストがみんな出ている。1回はけて出てきたら50年前に戻っているという演劇的な仕掛けみたいなことを観る喜びはありますね」
池田「お客さんとして観てみたいです。映画だったら簡単に変われるけれども」
───映像だとある意味、変われて当たり前という気持ちになりそうです。
池田「そうなんですよ。これは演劇ならではの醍醐味かなと」
───戯曲を読ませていただいた感覚では、間に合うのだろうかと思ったくらいでした。
井上「そうでしょう? そこを面白く観てもらえたらね。今のところプランはないのですが(笑)」
池田「ないんだ(笑)!」
荒木「ノープラン!?」
井上「どうするんだろうね(笑)」
───ご自身で演じたいとずっと思われていた念願の作品ということですから、長年練りこまれたものがあるのでは?
井上「この作品に限らないんですが、やっぱり自分が演じる時って、当たり前ですが自分の役のことを1番考えます。まず自分の台詞を覚えなきゃいけないですから、役の視点で作品を見ているんです。もちろんそうではなく俯瞰の目も持たないと、とは思いつつも、やっぱり自分がどう演じるか?に集約されていくんですよ」
───それが演出家として改めて作品をご覧になって、視点が変わったのでしょうか?
井上「演じる側だったときには見えなかった、気づけなかったことに気づけるというのはあると思います」
直観的にキャラクターにあった人を見つける
───そんな魅力を秘めた作品の稽古に向かわれるお気持ちはどうですか?
井上「池ちゃんはPLAY/GROUND Creationの第1回公演に出てくれているので、僕がどういう作品の作り方をしているのか分かっているから、多分こんな風にやっていくんじゃないかなと予想して、嫌だな、しんどいなと思っていると思います(笑)」
池田「しんどいですよ(笑)。裕朗さんは俳優が本当の自分をさらけ出して、共演者とも本当の関係を結んでいくということに、めちゃめちゃ本気な人なんです。ごまかしの利かない世界を求められるのが、PLAY/GROUND Creationの作品です。今回で第3回ですけれども、3回ともそういう戯曲を選ばれているし、すごく親密な、本当のプライバシーを共有していかないといけない。でもオープンマインドで受け止めてくれる場があって、受け止めてくれる共演者、相手役がいてくれないと自分も開いていけないから、セリフをうまく言うというレベルではなく、そういう場作りだったり、関係作りをする稽古なので厳しいですよ。だって怖いじゃないですか、自分をさらけ出すって。でもみんなで手を繋いでいけば怖くないという意識かなと思います」
荒木「僕は今回が初参加なので、井上さんの作品作りの過程はわからなかったのですが、いま池田さんがおっしゃるのを聞いていて、そういうプロセスで作っていくんだな、と想像するとやっぱりとても怖いことですね。でも今までやってきた演劇とはまた違う芝居の作り方に新しく挑戦できるというのはとてもありがたいです」
井上「今回Aチーム、Bチーム合わせて8人の役者さんとご一緒しますが、8人中6人の役者さんとほぼ『はじめまして』なんです。一方的にお客さんとして、その俳優さんの演技を見た人もいますが、全く見たことがない人もいます。でも僕の中でこれまでの芝居を観たことがあるとか、知り合いだといかいうことは関係なくて、写真とその人の声で直感的に、でも自分の中では結構な確信を持って『あ、いた』って思うんです。そこに明確な理由はないんですが、今のところそれが外れていなくて。今日(※取材はビジュアル撮影日)その自分の直感が合っていたかどうかを確認する初めての日だったので、昨夜は眠れなくて。『これで違っていたらどうしよう』みたいなね(笑)」
荒木「怖さはありますよね」
井上「うん。でも朝Bチームをやって、そのあとAチームをやったのですが、どちらも思った以上に『あ! やっぱりね!』という感じだったので、ものすごくほっとしています」
池田「そうだったんですね」
井上「そう、『勝った!』という感じ(笑)』
───この作品のこの役の人を見つけた、という感覚でしょうか。
井上「そうです。『見つけた』です。自分が俳優で声をかけられるのを待っているときには、なかなかそんなふうには考えられなかったですが、自分が見つける時って、その人の顔がどうとか、演技がどうとかいうことではなくて『あ、この人だな』という感覚になります。だから、たとえオーディションに落ちたからと言って、自分に何が足りないのかみたいなことを思う必要はないんだなと、最近はそう思いますね。逆にこれだけ役とぴったりで、役に見える人たちが集まって、もしも芝居の出来が良くなかったとしたら全部自分の責任だなと思うとプレッシャーも感じるのですが(笑)稽古が楽しみです」
俳優が必死で想像していれば、観る人も想像してくれるんじゃないか
───赤坂RED/THEATERの空間でこの作品というのは、更に刺激的な気がしますが。
池田「どうして赤坂RED/THEATERでやろうと思われたんですか?」
井上「劇場をとった方が先だったんです。僕は赤坂RED/THEATERが大好きなんですよ。おしゃれだし、品もあってちょっとクールで。赤坂RED/THEATERでやるなら、ということで候補を絞っていくなかで、『The Pride』がいいじゃないと」
池田「あぁ、そういうことだったんですね」
井上「一方で、下北沢の劇場、スズナリも大好きなんですよ。あたたかくて人間味があふれていて。ただ今回は赤坂RED/THEATERでというのが、先にあったからね」
荒木「確かにこの作品は下北沢だとちょっとイメージが違うかなとは思います。もちろん良い悪いではなくて、おっしゃったような劇場が持っている雰囲気として」
井上「そう、イメージの話だよね。ここならこの作品というのは、やっぱりあるから」
池田「客席数もちょうどいいんですよね。声を張らなくてもいいし、演じていてやりやすいです」
荒木「初めて立った時に感動したのが、あれだけ客席が近いのにお客様の顔があまり見えないんです。舞台の空間のなかだけでやっているという感覚に捉われたのをすごく覚えています」
井上「濃密な空間だからね」
───また、先ほど池田さんがお話くださったように、1958年と2008年で様々なものごとの捉え方は違っていて、さらに2008年と現在の2022年でLGBTQという言葉も定着するなど、大きく変わり続けていると思いますが、今回は2008年の視点に立って作られるのでしょうか?
井上「この作品は2008年に、2008年のことを描いたものなんですね。その作品を素直に、丁寧にたどっていって、俳優がその時代を経験してみることによって何を感じるか、が大事なんじゃないかと思っています。それが2022年を生きている我々がこの作品をやる意味ですし、作っている側が書かれている物語や役のことを必死になって想像していれば、見ている人も一緒に想像するんじゃないかなと思っていて。それはこの作品に限らずいつもそうで、何か決めつけて作っていくことをとにかくしないでいたいんです。この作品には1958年の人たちも登場しますが、1958年はこういう時代だったと、我々が答えを出して提示したり表現したりということを排除したい。自分じゃない人間のことは絶対に分からないし、自分が生きていない国や、生きていない時代を理解することは一生かかってもできないので、結論を出さずにただただ想像し続ける、ということをやっていきたいです」
───お話を伺って、どんな舞台が拝見できるのか期待が膨らみますが、では改めて楽しみにされている方々にメッセージをお願いします。
池田「人が愛し合うことの美しさとすばらしさを感じていただける作品だと思います。すごくデリケートな問題をたくさん扱っていて、もがきながら、怖がりながら生きている人たちが登場しますが、実際僕たちは怖がりながらも、人と愛し合いたかったり、繋がりたかったり、本当の自分をさらけ出したかったりしながら、実際にも生きていると思います。ですからきっと勇気をもらったり、愛を感じてもらったりすることができる作品ですので、是非劇場に体験しにいらしてください」
荒木「今年に入ってゲストという形では出ていたのですが、舞台に立つのが半年ぶりなんです。コロナ禍でもずっと舞台に立っていたので、自分としてはとても久しぶりだなという感覚でやっています。舞台に立つということは、自分を裸にしなければいけない作業でもありますから、この半年間やってきたことが試せる場なのかなと思っていたところにこの作品がきて、これは裸にならないと絶対に無理な作品だからこそチャレンジしてみたいと思いました。コロナ禍以降、あの作品は面白かった、つまらなかった、と評価される前にそもそも観られないという状況になっているのがとてもつらいので、まず観に来てほしい、判断してほしいと思います。劇場の空間で、『The Pride』という芝居を感じてもらえたらいいなと思っています」
井上「1958年と2008年という、50年を経た二つの時代が行き来する面白さと同時に、色々な問題を抱えた登場人物たちが悩みながら生きている物語です。稽古がこれからなので、ハッキリとは言えないのですが、おそらく2時間半ぐらいになるスケールの大きな作品で、しかもシリアスな切ないシーンと、コントに近いような笑えるシーンもまた、行ったり来たりします。ものすごく演劇的な面白さにあふれた戯曲で、それぞれのキャラクターにあった素敵な俳優さんたちが集まってくれました。これから稽古を重ねて、7月の後半にはその世界が立ち上がっているはずなので、是非観にきていただきたいと思っています」
(取材・文&撮影:橘 涼香)
プロフィール
井上裕朗(いのうえ・ひろお)
東京都出身。PLAY/GROUND Creation 代表。東京大学経済学部経営学科卒業後、外資系証券会社に勤務。退社後、2002年より北区つかこうへい劇団養成所にて俳優活動を開始。以降、TPT・地人会・流山児★事務所・T Factory・演劇集団砂地・乞局・箱庭円舞曲・DULL-COLORED POP・Theatre des Annales・イキウメ・風琴工房・serial number・TRASHMASTERS・unratoなど、小劇場を中心にさまざまな団体の作品に出演。2015年、自身が主宰するユニット「PLAY/GROUND Creation」を立ち上げ、俳優主体の創作活動をスタート。2016年ワークショップ公演 the PLAY/GROUND vol.0『背信 | ブルールーム』を企画・上演。『背信』を演出、『ブルールーム』に俳優として出演する。2019年劇団DULL-COLORED POP『くろねこちゃんとベージュねこちゃん』を演出。PLAY/GROUND Creationの公演においては、#1『BETRAYAL 背信』#2『Navy Pier 埠頭にて』で翻訳・演出を担当し、活躍の場を広げている。
荒木健太朗(あらき・けんたろう)
熊本県出身。2004年の劇団オーディションにて劇団スタジオライフに入団。同劇団の看板俳優として『Romeo&Juliet』、『決闘』、『アドルフに告ぐ』、『マージナル』、『訪問者』、『天守物語』、『11人いる!』などの舞台で主演を務めた。2014年退団後も、舞台を中心に活躍を続けている。近年の主な舞台作品に、SUGARBOY 4th.『ゴールドマウンテン』、NAPPOS PRODUCE 舞台『トリツカレ男』、『ネバー・ザ・シナー -魅かれ合う狂気-』、演劇企画集団Jr.5第11回公演『徒然アルツハイマー』、『錆色のアーマ』外伝 -碧空の梟-、舞台『幽☆遊☆白書』其の弐などがある。
池田 努(いけだ・つとむ)
神奈川県出身。2000年、石原プロ開催オーディションでファイナリストに選出されたことをきっかけに芸能活動を開始。舞台・映像と幅広く活躍を続けながら、画家としても個展を開催するなど才能を発揮している。近年の主な舞台作品に、第七世代実験室・配信『ヘンリー6世』、オフィスコットーネプロデュース『墓場なき死者』、PLAY/GROUND Creation『BETRAYAL 背信』、unrato #6『冬の時代』、朗読劇『プラザ・スイート』、『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』、舞台『瀬戸の花嫁』などがある。
公演情報
PLAY/GROUND Creation #3 『The Pride』
日:2022年7月23日(土)~31日(日)
場:赤坂RED/THEATER
料:プレミアチケット[前方センターブロック席・特典付]10,000円
一般7,000円
U-24[24歳以下]3,500円 ※要身分証明書提示
(全席指定・税込)
HP:https://www.next.playground-creation.com/
問:PLAY/GROUND Creation
tel.070-8541-0753