teamキーチェーンの記念すべき20回目の本公演である『オリーブのたね』が東京・吉祥寺シアターにて上演中だ(4月29日(火・祝)まで)。上演に先がけて、4月18日に関係者ゲネプロが行われた。
本作『オリーブのたね』は、大震災直後の避難所を舞台に、希薄な人間関係の中で「言葉」の意味を問いかける作品。物語は、主宰であり脚本・演出のAzukiが実際に体験した東日本大震災での被災経験をもとに描かれている。
【STORY】
重度の吃音症のために社会に馴染めず道を踏み外し生きる榎本司。
いつもと変わらない日常を過ごしていたある夜、大地震が起きる。
被災者たちが集まる避難所で起こるトラブルの連続。
無理解や希薄な人間関係が及ぼす「言葉」の攻撃。
100年前と変わらない今の日本の現実。
同じことが繰り返されることで起こる
【無自覚な争いによる悲劇】のない世界を願い描く。
電気も水道も止まり少ない物資の中で共同生活、そんな避難所での生活が舞台上にリアルに再現されている。物語は20人の登場人物がワンシチュエーションで進行、震災に対する恐怖や、見ず知らずの人たちとの共同生活で生まれる憔悴や苛立ちといった繊細な心の揺れが、丁寧に描き出されている。
中でも、強く印象に残るのが「言葉」の強さだ。苛立ちから発せられる一言が、相手の感情を揺さぶるだけでなく、閉鎖的な空間全体に影響を与える様子は、観ていて痛々しさすら感じられるほど。それぞれのセリフは、洗練された「言葉」の強度を持っており、そのリアルさが登場人物たちの行動や言動に説得力を与える。そのため、誰かしらのキャラクターに自然と共感し、物語に引き込まれていく。
さらに本作では、震災を軸としながらも、吃音症といった障害、人種差別、交通事故における加害者と被害者、震災時に広がる偽情報・誤情報など、複数の問題が“エッセンス”として巧みに織り込まれている。あくまでもテーマへの切り口として扱われており、登場人物それぞれの問題や悩みが整理され、物語としても非常に見やすく仕上がっているのが印象的だった。
榎本司の末原拓馬は、重度の吃音症で物事や感情を言葉で上手く伝えられない悩みを抱えてもなお、「人のために」と行動しようとする青年。周囲からの視線は冷たく、避難所でも異質な空気を纏っているが、ときおり冗談を言ったり突飛な行動を見せたりと、少年のような無邪気さが垣間見え、作品に一瞬の明るさをもたらしつつ、また一層の悲壮感を感じさせられる。吃音ゆえに言葉がうまく発せられない、そんな葛藤を全身で表現し、少ないワードで感情を伝えようとする姿の末原はまさに圧巻だった。その司が属する窃盗集団のリーダー・長池智也の山口快士は豪快で明るい性格ながら、物語の進行と共に状況を受け入れ成長していく姿が清々しく描かれている。同じく仲間である吉岡淳のマナベペンギンはやんちゃで荒っぽいながらも、仲間を守るためには率先して前に出るタイプ。彼の背後には真っ当に生きられないことへの苦しみが見え隠れする。
避難所に明るさをもたらす存在が、日本で飲食店を営む韓国人の金書延(キムソヨン)の田中愛実。誰にでも分け隔てなく接する姿は、まさに本作における光。同様に兄の金勝賢(キムスンヒョン)の今井裕也は対照的に穏やかで、場を和ます清涼剤のような役柄を好演している。
過去に自らの過失で死亡事故を起こした森田直人の輝山立は、自責とどう向き合えばいいのかわからずに苦しむ姿を熱演。真面目な性格ゆえに暴走してしまう一面と、その後の変化とのギャップが鮮烈だった。その直人に両親を奪われた菅原凪沙の高良紗那は、言葉にせずとも、直人への葛藤、両親への想いを表情や所作で雄弁に伝えている。
日下部泰久の岡田奏は、震災で妻と連絡が取れない不安から他人への「言葉」の攻撃を露にする場面も。まさに震災によるフラストレーションの象徴を提示しながら、大切な人を大事に想う心の持ち主を演じている。
同様にフラストレーションを溜め、ネットの情報に翻弄されていく清水宙の関口滉人。人間関係の不器用さから自身の気持ちをうまく伝えられない、そんな繊細な心の持ち主を演じ物語を大きく展開していく。その宙の母親である清水陽子の髙橋志帆は息子への不甲斐なさと過保護さの間で揺れ動き姿がとてもリアルであった。
同じ親子ならではの悩みを抱えるのが、河上久美の宮崎夢子。生後10カ月の息子とともに過ごす避難所生活、泣き声のせいで非難を受けるという現実に晒され、今にも心が砕けてしまうような危険な前向きさが、この環境の険しさを物語らせる。夫の河上誠の熊野仁は家族想いで、頼りがいのある父親の役。ゆえに家族を守るための怒りに説得力もあり、このギクシャクした空気を加速させる。その家族に対して無神経な発言をしてしまう小野田紗希の川田小百合は、劣悪の環境ゆえにフラストレーションの発端を体現するキャラクターとして強い印象を残す。竹下真由美の森川梢も表面上は良い人を演じつつ、ある秘密を抱えているという難しい役どころ。いつバレるか分からない恐怖を帯びた表情が印象的だった。溝口弘昭の大竹散歩道は気遣いができる好青年を演じ、劇中ではギターを手に勝賢(スンヒョン)と共に歌を披露するシーンでは震災下でも希望が見える印象的な場面を演出している。また、天童めぐみの前田夏実は率直にものを言いつつも、相手に寄り添う優しさも持ち「言葉」が攻撃ではなく救いにもなるというのを体現する役柄として好演している。
避難所を管理する役所の職員たちも、また異なる視点で物語に厚みを加えている。酒井良和の山本佳希は冷静で穏やかな口調で避難所をまとめる総括部長役。行方不明の家族を想う姿が胸を打つ。その部下の福本康二の矢田智久は避難者の心ない言葉を浴びながらも避難所運営の責任を背負う“二重苦”を体現。その康二を支える妻、福本暁子の柿沼恵梨子は周囲に気を配る優しい存在として、ともに避難生活をしている姿を演じている。役所の新入社員である辺見千華の奏夢も慣れない環境や避難者たちの要望に追われながらも懸命に対応する女性を演じた。
登場人物が20人もいる中で特に印象的だったのは悪者がいないことだ。この舞台に登場する誰一人として、誰かを故意に貶めたり、陥れたりする者はいない。ただ、それでも心のない言葉で誰かを非難し、ときに観客の胸が締めつけられるような瞬間が訪れる。何気ない一言、感情に任せた言葉が、誰かの心を傷つけ、それがまた別の誰かへと連鎖していく様が描かれていた。
この作品は、「100年前と変わらない今の日本の現実」として描かれているが、コミュニケーションの中心が「言葉」である以上、「言葉」の攻撃という問題は人間にとって永遠の課題だと感じさせられる。
では、どうすればその「言葉」の攻撃をなくすことができるのか?――その答えを見つけるのは簡単ではないが、「もしも、大震災が起きたら…」という想像ができ、その中で「人を想って対話する」ことの大切さに気づくきっかけをもらえる作品だと思う。その“きっかけ”こそが、この舞台が上演される意義なのだと感じた。
言葉では伝えにくい想いや、心の奥にある感情が、演劇というかたちを通すことで、より具体的に、よりリアルに想像できる。そして、観終わった後に「想像し、考える」ことができたなら、この舞台が目指す“平和”への一歩になっていくのではないだろうか。
文/カンフェティ 写真撮影/yumeha shino
公演情報
teamキーチェーン 第20回本公演
『オリーブのたね』
■日時:2025年4月19日(土)~29日(火・祝)
■場所:吉祥寺シアター
■脚本・演出:Azuki(teamキーチェーン)
■出演:
出演
岡田奏
マナベペンギン
今井裕也
高良紗那
(以上、teamキーチェーン)
末原拓馬(おぼんろ)
輝山立(株式会社GAF)
田中愛実(イッツフォーリーズ)
山口快士
山本佳希(MeiMei)
関口滉人(演劇集団SINK)
髙橋志帆
森川梢(株式会社テロワール・イマノカゲキ)
熊野仁(Dressers)
宮崎夢子(劇団AUN・株式会社ヘリンボーン)
川田小百合
矢田智久
奏夢(avenir’e)
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