東京・新国立劇場で、12月2日(火)から14日(日)まで上演される『スリー・キングダムス Three Kingdoms』。イギリス演劇界の奇才サイモン・スティーヴンスによるこの作品は、殺人事件を追うミステリーでありながら、グローバリズムと資本主義がもたらす人間の暗部をも描き出し、挑発的な内容が初演されたイギリスで話題となったという。その衝撃作の日本初演に上村聡史演出のもとどう挑むのか。伊礼彼方と音月桂が、初顔合わせとは思えない熱量で、作品と芝居への思いを語った。
──『スリー・キングダムス』の上演にあたり、演出の上村聡史さんが「2025年の演劇界で、攻めた作品を披露できればと思います」とコメントされています。そんな作品のオファーを、どんな思いで受けられたのでしょう。
伊礼 確かに、戯曲を読んだときに攻めてるなと思いました。こんな踏み込んだテーマを書くんだと、作家のマインドにまず感動しましたし。それを演出する上村さんにも、上演を決めた新国立劇場も、攻めてるなと思い(笑)、そんな攻めた作品をやらせていただけるんだったら僕も乗っていきますよ、先頭を引っ張っていきますよという気持ちになりました。
音月 私はこれまで単純明快、白黒はっきりした作品が多かったように思います。だから、このグレーなところが多すぎる戯曲は少し難しくて、最初は攻めるどころかちょっと守りの姿勢だったかもしれません(笑)。でも、読めば読むほど、噛めば噛むほど味が出てくる作品だなと思いますし。サイモン・スティーヴンスさんの作品となると、楽しみにされている方が演劇界にはたくさんおられて、特に新国立劇場によく来られるお客様はこういう戯曲が大好きな方が多いと思うので。伊礼さんのこの熱量を浴びながら私も沸騰してきて(笑)、上村さんや他のキャストの方々と作っていく過程が楽しみになってきました。
──サイモン・スティーヴンスさんの作品は、これまでご覧になったことはありましたか。
音月 実は拝見してないんです。でも、上村さんがサイモンさんのことを話していらっしゃるインタビュー記事を読んだら、上村さんがサイモンさんに「あれ(『スリー・キングダムス』)が好きなんてクレイジーだね!」と言われたと書いてあったので(笑)。確かに私がもしプロデュースするなら、なかなか手を付けることができないだろうなと思います(笑)。
伊礼 僕も観たことはないんです。でも、もともと不条理劇とかは好きでした。好きになったきっかけが、新国立劇場の芸術監督の小川絵梨子さんが、以前演出された『今は亡きヘンリーモス』(10年)でご一緒したことだったんですけど。そのとき、それまで読み合わせを1日して立ち稽古という現場が多かったなか、3週間くらい読み合わせをしたんですよ。1日に1ページしか進まないときもあって、最初は「間に合うのか?」と心配になったんですけど(笑)、「この行間の意味は何だろう」「なぜ次にこのセリフを選んだんだろう」といったことを話して掘っていくことがどんどん面白くなってきて。それでお芝居の面白さにどっぷり浸かってしまったんです。だから、サイモンさんのこの作品を読んだときは自分にとってドンピシャでしたし。サスペンスやミステリーの要素もあって、最後も「どういう意味?」と、「?」がいっぱい浮かんで終わるので、それをそのまま持って帰る面白さが、この作品にはあるなと思っています。
──そんな作品のなかで、まず、伊礼さんが演じられるのは、ロンドンで起きた殺人事件を、ドイツ、エストニアへと追っていく刑事イグネイシアス。そのなかでだんだん国際的な犯罪の闇が暴かれていくわけですね。
伊礼 その闇が暴かれると同時に、イグネイシアス自身のことも剥がされていって素っ裸にされて、でも本人は裸になっていることにも気づかない、というような感じになると思うんですけど。刑事という守る側の人間のほうが暴かれていくそのアンバランスさが面白いなと僕は思っています。そういうことって、僕自身もそうですが、皆さんもあると思うんです。「そんなことするのは良くないぞ」と言っている自分が、実は過去に同じ過ちを犯していたことに気づいていないとか、気づいても自分のことは正当化してしまうというようなことが。しかも、正当化して修復したところで大元は直っていなくて、結局闇を広げていくんですよね。そこは観客の皆さんと繋がれるところではないかと思います。
──では、その部分を掘り下げながら役を構築していくことになりそうですか。
伊礼 上村さんとお話しながら人物を構築していくのはもちろんですが、ただ、お話したようにイグネイシアスは剥がされていく側ですから。自ら何か行動を起こすというよりは、周りの人物に影響されていきたいというのが、今、僕が思っている役作りです。これまでは剥がしていく側というか、ドラマを動かす役が多かったので、どうやったら動かせるんだろうとよく考えていたんですけど、今回は自ら何か行動を起こすというよりは動かしてもらうことになるので。それによっていろいろなものが剥がされていく姿が見えたらいいなと思っています。だから、音月さんの役どころもすごく大事になってきますよね。
音月 ハードルが上がった(笑)。
──音月さんは、イグネイシアスがドイツで出会うシュテファニーなどを演じられます。
音月 今回、女性の俳優が3人しか出ていないので私も複数の女性役を演じるんですけど。今、伊礼さんがおっしゃったように、女性たちがイグネイシアスをどう翻弄していくかというのは楽しそうだなと思います。女性たちは特にバックボーンが描かれていないだけに、どうにでも味付けができそうですから、やりがいもあるなと。これまではちゃんと出自から履歴書を書けるような役が多かったのでちょっと怖いことでもあるんですけど。でも、そこを楽しんで、上村さんや皆さんとコミュニケーションを取りながら、発見しながら作っていきたいです。
──音月さんはもう一つ、「観客と舞台をつなぐミステリアスな存在」としても登場されるそうですね。
音月 そうなんです。戯曲には一切書かれていなくて、まだ具体的なことはわからないんですけど。観客に近い立場からこの作品を観ているような役だとは思います。そして、歌うそうです。イギリスの初演時には男性が演じられていたと聞きました。
──演出の上村さんによると、どうやら今回は中性的なイメージで、性別から、時代や国、現実と妄想、いろんなことを超越していく存在として登場してもらうようです。
音月 私、宝塚時代に『エリザベート』でルキーニという狂言回し的な役を演じたことがあって、登場人物たちを遠巻きに観て笑ったり歌ったりしているのが楽しかったんですけど、もしかしたらそれに近いものがあるのかもしれませんね。上村さんからは、「桂ちゃんの陽な感じのままでいい」と言われました。新しい自分を発見できるのではないかと期待しています。
──そもそもこの作品は、イギリス、ドイツ、エストニア3カ国のクリエイターによる共同制作プロジェクトで、物語も、イギリス、ドイツ、エストニアと舞台を移していきます。イギリスの初演時は俳優も3カ国から集結して、英語、ドイツ語、エストニアが入り混じったセリフで進んでいったそうですが、それを日本語で上演するにあたっては、どう表現することになりそうでしょう。
伊礼 そこは僕も一番気になっているところです。たぶん上村さんのなかにイメージはあると思うんですけど、イグネイシアスは英語とドイツ語を喋るので、現段階で僕が勝手に考えていることはあって。僕のなかにはアルゼンチンの血が流れているんですけど、スペイン語で喋るときは日本語では発さない音色が出るんですよね。その違う響きを日本語だけで表現するのは非常に難しいと思いますけど、ちょっと方法を編み出してみようかなと。あとは、イグネイシアスはドイツの大学で学んでいるので、ドイツのDNA感覚みたいなものを伝えられたらとは思います。
音月 もしかしたら、私が演じるそのミステリアスな存在が、3カ国の橋渡しをしていく役割を担えるかもしれないですよね。
伊礼 音月さんが登場することで、ここからドイツですよ、エストニアですよと感じてもらえるかもしれない(笑)。
音月 せっかく3カ国をお客様と一緒に旅をするなら、ガラッと匂いさえも変わるような、その土地の空気を感じていただきたいです。私たちはその役を突き詰めていくことしかできないですけど、作品を観終わったあと、海外旅行に行って満足して帰国したみたいな気持ちになっていただけたらいいなと、今、すごく思いました。
伊礼 海外での上演だったら、それこそ言語の違いがあって匂いや空気を変えられたり、様々な人種の俳優が演じることで視覚的にもイマジネーションが広がるんですけど、日本で翻訳劇を上演する場合はそこが難しいところですよね。でも、だからこそいろいろ工夫をしているところに面白さがあって、観客の皆さんがそれをちゃんと変換して観てくれているのが素晴らしいんですよね。だから今回も、できる限りの工夫をすることによって、それぞれの国とその国の人物の輪郭をはっきりさせて、それぞれの色が混ざっていったらいいなと思っています。
──お二人は今日が初対面だと伺っていますが、これまでお互いにどんな印象をお持ちでしたか。
伊礼 宝塚出身の方ですけど、あまりミュージカルの印象がなくて、お芝居をしている方というイメージでした。
音月 ミュージカルも嫌いじゃないんですけど、お芝居が大好きです。
伊礼 宝塚時代からですか?
音月 宝塚にいたときからですね。男役はぼろぼろに泣いたりしない、背中で語れみたいな美学が宝塚の良さであって、もちろんその世界も好きなんですけど。人間のドロドロな部分を表現して、自分をさらけ出せるような芝居もしたいなと思っていたんです。でも、伊礼さんこそ、歌がお上手で、ミュージカルをやっていらっしゃる華やかなイメージがあって、先ほど不条理劇やミステリーが好きだとおっしゃっているのが意外でしたけど。同じ匂いを感じるので、一緒にお芝居を作るのが楽しみです。
伊礼 実は今、意図的にミュージカルから少し距離をおいていて、映像を含め、お芝居をやろうとしている時期でもあるんです。前にも、修行として基礎を学びたくて3年間お芝居しかしなかったことがあったんですけど、そこで学んだ多くの事がミュージカルに生かされました。別にミュージカルが嫌いというわけではないんですよ。それぞれの魅力はぜんぜん違うので。そんなミュージカルでの挑戦として挑んだ、『レ・ミゼラブル』は、お陰様で本当に大事な作品になりましたし。何度やってもまだまだ芝居を深められる演出なので、面白いですね。今はとにかくお芝居をもっと深めたいので、いったんミュージカルではない、映像やお芝居の世界で自分を試してみようと思ってます。そんな時期だったおかげでこの作品にも出会えましたから、自分の思いは具現化されていくんだなって、ワクワクもしています。だから、そういう思いも込めて、この作品に挑んでこの役を演じたいなということがあるんです。すみません。個人的な話で。
音月 いえ、その気持ちわかりますし、自分の思いを持つのは大事だと思います。
──最後に、観に来てくださる方へのメッセージをお願いします。
伊礼 僕自身は、不条理劇やミステリーものは2回3回観たほうが楽しめるんです。この作品も、1回目でどんでん返しに驚き、2回目で、「イグネイシアスはここでこの世界に足を踏み入れるんだ」「ここで剥がされるんだ」という過程が明確に見えてくるという面白さがあると思います。それを楽しんでもらうためにも、1回目で分かってしまうような芝居をしてはいけないと思っていますけど。2回観ていただいて、本当に中身を捉える面白さをぜひ味わっていただけたらと思います。
音月 そういう意味では、最初は真っ白な状態でリラックスして来ていただいて、感覚で味わってもらえたらいいですよね。そして、伊礼さんがおっしゃったように、「実はこうだったんだ」ともう一段階面白さを感じていただけるストーリーになっていると思うので、それも味わっていただけたら嬉しいです。
伊礼 その気づきには、音月さんのミステリアスな存在が大事になってくるんだろうね。
音月 どうしよう(笑)。
伊礼 例えば、どこから出てくるのかとか、どこにいるのかとか、立ち位置にも理由が出てくるだろうけど、1回目だとたぶん理解できないだろうし。いつの間にか立ってたみたいなことってよくあるけど、それが2回目は、「出てくるぞ」と待って臨めるわけですよ(笑)。しかもそれが、いろいろな要素を超越した存在なら、僕は注目したいです。
音月 頑張ります!
取材・文=大内弓子
撮影=田中亜紀
公演情報
『スリー・キングダムス Three Kingdoms』
【公演日程】 2025年12月2日(火) ~ 14日(日)
【会場】 新国立劇場 中劇場
【作】 サイモン・スティーヴンス
【翻訳】 小田島創志
【演出】 上村聡史
【出演】 伊礼彼方、音月 桂、夏子/佐藤祐基、竪山隼太、坂本慶介、森川由樹、鈴木勝大、八頭司悠友、近藤 隼/伊達 暁、浅野雅博
【芸術監督】 小川絵梨子
【主催】 新国立劇場
【チケット料金】S席 8,800円/A席 6,600円/B席3,300円/Z席(当日)1,650円
【公式ウェブサイト】https://www.nntt.jac.go.jp/play/threekingdoms/
<ものがたり>
刑事のイグネイシアスは、テムズ川に浮かんだ変死体の捜査を開始する。捜査を進めるうちに、被害者はいかがわしいビデオに出演していたロシア語圏出身の女性であることが判明する。さらに、その犯行が、イッツ・ア・ビューティフル・デイの名曲「ホワイト・バード」と同名の組織によるものであることを突きとめる。イグネイシアスは捜査のため、同僚のチャーリーとともに、ホワイト・バードが潜伏していると思われるドイツ、ハンブルクへと渡る。
ハンブルクで、現地の刑事シュテッフェンの協力のもと捜査を始める二人だったが、イグネイシアスがかつてドイツに留学していた頃の不祥事を調べ上げていたシュテッフェンにより、事態は思わぬ方向に進んでいくのであった。