鴻上尚史主宰「虚構の劇団」(2022年解散)出身の三上陽永・渡辺芳博・杉浦一輝による演劇ユニット「ぽこぽこクラブ」。その新春公演として2026年1月に上演される『home~りんごさんのうた』は、青森出身の三上が同じ青森出身の作家による書き下ろし戯曲の舞台化を目指して立ち上げたプロジェクトの到達点だ。2024年春に弘前でおこなった戯曲読み合わせから始まり、音楽朗読劇・リーディングドラマ上演を経て、2025年11月に青森県立美術館シアターで舞台化が実現した。
その東京版となる今回は、新たな東京キャストを加え、「東京りんごver.」、「津軽りんごver.」、「りんごの花ver.」という3つのバージョンで上演される。演出も手がける三上と、物語のキーとなる役柄をWキャストで演じる山﨑薫・ジョナゴールドに青森公演前のタイミングでインタビュー。ユニークな上演形態、耳に残る津軽弁の響き、心を揺らす音楽などトピック満載の本作について話を聞いた。
―――『home~りんごさんのうた』は公開読み合わせから始まり、青森で育ててきたプロジェクトなのですね。
三上「そもそもは、青森演劇鑑賞協会にいる知り合いから『青森の演劇を元気にしてほしい』と相談を受けたのが始まりでした。青森に限らず、地方で暮らす人はどうしても演劇に触れる機会が少ないので、お客様も一緒に育ってほしいという気持ちがあり、まず演劇を作るところから皆さんに観てもらおうと考えたんです。初めての読み合わせという、役者が一番緊張する瞬間をお客様にも共有していただいて、これがどのように音楽劇やリーディングになっていくのかを、地元の方に見ていただきながら具体化できたらいいなと」
―――脚本の世良啓さんは青森県弘前市の小説家で、『home』は初めて書かれた戯曲だそうですね。
三上「僕は普段東京で活動しているので、青森で脚本を書ける方がいらっしゃったら嬉しいと相談したところ、世良さんを紹介していただきました。最初は世良さんの別の作品を舞台化したいと考えていたのですが、世良さんに見せてもらった『home』の原形が素晴らしかったので、これを戯曲化しましょうと僕から持ちかけました。青森のみならず、日本全国の農家さんが向き合ういろんな問題に関わる内容だと感じたんです」
―――その時点で、東京でも上演するプランがあったのですか?
三上「最初はあくまでも青森のプロジェクトでした。ただ『東京から青森にお芝居を持ってくるパターンは結構あるけど、青森で作ったものを東京に持っていくことはなかなかないね』っていう話を、ずっと世良さんとしていたんです。『せっかくここまで育ったから、ぜひ東京でやりませんか』と世良さんから提案していただいて、来年の1月に決まっていたぽこぽこクラブの提携公演として行うことにしました」
―――物語の舞台は青森で、キービジュアルにはりんごの樹が描かれていますが、新興住宅地に住む若い夫婦の話ということで、東京のお客さんもリアリティを感じやすい内容なのだろうと想像します。
三上「そこは東京で暮らす山﨑さん、どうですか?」
山﨑「青森を舞台にした作品ではありますが、実はとてもスケールの大きな話なんです。青森が今抱えている社会問題も関わってきますし、青森ってもともと本当に自然が豊かな大地だったというところから物語が始まって、昔から伝わる民話のようなもの……雪女伝説とか人魚伝説、地霊だったり、そういう血が今生きてる私たちにも入っているかもしれないという、ファンタジーが見え隠れするような物語になっています。そして、それは別に青森だけの話ではなく、日本人全員に通ずる魂の話でもあるのかなと」
三上「おっしゃる通りです。まず世良さんとしては、りんご農家に効率化の波が押し寄せて、実が取れなくなった古い樹がどんどん切られていく現状に対する危機感があって、それは今の日本における普遍的な問題にも通じていると思います。ジョナゴールドさんも、青森のりんごとは関わりが深いですよね」
ジョナゴールド「メインは音楽活動ですけど、青森の活性化に関わるお仕事も続けています。その中で、りんご農家の皆さんが同じような問題に向き合っているのをすごく感じていて、それを直接的に言葉で表すのではなく、お芝居という姿に変えることでどのように伝えていけるのかというのが、今はすごく楽しみです。いろんな立場の人がこの作品を観てどう感じるのかを早く知りたいです」
―――青森版では青森の俳優さんが多数参加されていましたが、今回は東京キャストを加えての上演です。しかも、標準語ベースの「東京りんごver.」、津軽弁ベースの「津軽りんごver.」、さらに青森版オリジナルキャストが集まる「りんごの花ver.」という3つの形態があります。
三上「東京のキャストをお迎えするのは、もちろん集客的なことも考えた結果でもありますが、青森に限らず地方の役者さんは普段の生活と共に演劇をやっているので、稽古や本番に割ける時間が限られているというのも大きな理由です。最初は、青森出身の東京の役者で上演する案もあったんですけど、世良さんの要望もあって、青森からも連れて行きたいということになり、Wキャストでなんとかしようと。さらに、それならオリジナルキャストでも観たいという要望もあって、トリプルキャストのような形になりました」
―――青森版もダブルキャストで、トータルで5種類のキャスティングがあるというのはなかなかすごいですね。
三上「制作は頭を抱えています(笑)。津軽弁の扱いについてもいろいろ議論があって、津軽弁をそのままお届けするのもいいけれど、もうちょっと内容が伝わるようにしたいという意見も出て……ネイティブの津軽弁って早口なんですよ。山﨑さんは、僕の母が話す方言なんてわからないですよね?」
山﨑「もう全然(笑)」
三上「ずっと青森に住んでいるジョナゴールドさんも、ちょっと聞き取りが危ういときがあるよね?」
ジョナゴールド「ありますね(笑)」
三上「それを東京の制作スタッフも危惧していて、かと言って字幕を出すのも違うだろうという話になり、ネイティブじゃない人でもギリギリわかる標準語に近い形にしたのが『東京りんごver.』です。わかりやすく言うと、吉幾三さんみたいな話し方ですね。それに対して、完全なネイティブが『津軽りんごver.』で、濃口の煮干しラーメンみたいな感じ(笑)。そして、それを青森オリジナルキャストが演じる『りんごの花ver.』が、最も濃いバージョンということになります」
―――キャストの違いだけでなく、言葉の違いも楽しめるのですね。
三上「ネイティブの津軽弁の響きって、やっぱりいいんですよ。今回、高木恭造さんという津軽の方言詩人の方が書いた詩を引用しているシーンがあって、正直僕も何を言ってるか7割くらいわからないんですけど、高木さんが1970年代に渋谷のジァンジァンで上演した朗読会は当時ちょっとしたブームになったほどで、世良さんもその方言の響きをぜひ伝えたいと。できれば東京と津軽の両方のバージョンを観ていただけると、ちょうど良い按配になるんじゃないかと願っています」
―――ドラマや映画と違って演劇は五感で受け取るものですから、津軽弁で多少意味のわからないところがあっても何かを感じ取れるかもしれません。
三上「おっしゃる通りです。例えば歌舞伎などを観ても、何を言っているかわからなくても感動してしまうことがありますよね。演出する側としては、そういうレベルまで持っていけたらなと思います」
―――ところでジョナゴールドさんは、お芝居の舞台は『home』が初めてだそうですね。
ジョナゴールド「これまでずっと音楽をやってきたので、人前で感情を表現したり、みんなの視線を集めたりという意味では、舞台でお芝居をすることに通ずる部分もあると思います。今は一歩ずつ階段を上がっている最中で、ものすごく丁寧にご指導いただいてるところです。
普通の稽古だったら台詞一つひとつにここまで向き合いながら教えていただくことってないんだろうなと感じながら、自分なりの解釈も考えつつ、毎日思考と反省を繰り返しています。でも、先輩方が周りにたくさんいてくださる安心感はすごく大きいです。稽古中もいっぱい支えてもらっていますし、今回はWキャストでもあるので、いい意味で刺激をいただきながら、落ち込まない程度に見習いながら頑張っています」
―――このインタビューをしている時点では、青森公演の稽古中です。
ジョナゴールド「ありがたいことに、舞台に出演することに対する反響が大きくて、『おめでとう!』とか『絶対観に行く!』っていう言葉をたくさんいただいています。
お芝居を劇場まで観に行くのってなかなか大変だと思うし、ライブハウスにはガンガン行くような人たちが、お芝居だと『どうしよう……』ってなる姿も実際に見ているので、そういう人たちがこの作品でお芝居に興味を持ったり、生で感じるものを楽しんでもらえたりする、そのきっかけに自分がなれたらいいなと思っています」
―――三上さんは、そんなジョナゴールドさんの姿をどのようにご覧になっていますか。
三上「とても素直に打ち込んでいただいてるなと思います。もともとクレバーな人だなということはなんとなく察知していたんですけど、頭のいい人って、ちょっと凝り固まったところがあったりするじゃないですか。でも彼女は何でも素直に聞いて、稽古場に来るたびに変わっていくんです。ちょっとびっくりしましたね。
こちらが言ったことに対して自分なりにいろいろ考えて、次の日にまたトライする。そんな姿を見ていると、僕もすごく勉強させられるし、とてもいいなと思ってます。あと、彼女は稽古場での居住まいが明るいです(笑)。何か言うと、いつも元気よく『ハイッ!』って」
ジョナゴールド「(笑)」
三上「場がすごく明るくなって、助かっています。
そんなジョナゴールドさんと山﨑さんが同じ役をやっているんですけど、これぞまさにWキャストの醍醐味だなと。全然違う人物像ができているというか……。人物像といっても“りんごさん”というりんごの妖精の役なんですけど、全然違うりんごさんになっているというのが、演出していてすごく面白いです」
―――山﨑さんは、りんごさんという妖精を演じてみていかがですか。
山﨑「私は2024年のスタート時点から携わらせていただいているんですけど、一番最初に『りんごの樹の役です』と言われたときは本当にびっくりしました(笑)。『一体どう演じたらいいんだろう』という疑問から始まって、上演の形や構成が変わったり、劇中歌も増えたり減ったりする中で、りんごさんのいろんな表情や性格が、徐々に自分の中に積み重なってきたと感じています。これだけの日々を費やして1つの役に向き合うのはなかなかないことなので、大変貴重な時間を過ごさせてもらっているなと思います」
―――俳優冥利に尽きる経験ですね。
山﨑「その長い月日の間に、世良さんが東京出身の私に青森を知ってもらいたいという気持ちから、りんご農園などいろんなところを一緒に巡ってくださったんです。そこで、東京では感じられない空気の澄み方や瑞々しさに触れながら、りんごさんのイメージがすごく豊かになっていきました。こうして青森でしか感じられないものを受け取りながら、この1年間、りんごさんと自分が成長してきたという実感があるので、この作品を青森だけではなく東京でも披露できるのはとても楽しみです」
―――そうした実感の上に立った演技が、ファンタジー要素のある作品に説得力を与えることになるのでしょうね。
山﨑「りんごのもぎ方がすごく難しかったり、慣れてきても腱鞘炎になりそうなくらい痛いということを実際に体験したり、古くなったリンゴの樹が薪になって積み上げられて、ブルーシートをかけられてる状態を見って胸が苦しくなったり……。私はこれを表現するんだなと思うと、俳優としてとてもやりがいを感じます。しかも今回は音楽劇でもあるので、セリフだけではなく歌に悲しみや喜びを乗せることもかなり大きな仕事になっていくと思います。
先日、自分のコンサートで『home』の宣伝も兼ねて『りんごさんのうた』という劇中歌を歌わせていただいたんですけど、ものすごく反響が大きかったんです。『すごくいい歌ですね』、『東京公演に絶対行きます』という方がとても多くて。koyomiさんという弘前のシンガーソングライターの方が作ってくださったオリジナル曲なんですけど、言葉にもメロディーにも説得力があって、『home』の世界観をより一層豊かにしてくださっています。ぜひそういうところも楽しみにしていただきたいですね」
―――しかもバックはピアノの生演奏だそうですね。
山﨑「そうなんです。青森版と東京版ではピアニストが変わりますが、どちらも本当に素晴らしい才能をお持ちの方です。それぞれの場面での役の心情や、シーンの空気を感じ取って、毎回違う音を出してくださるので、役者たちもそれに反応して声色が変わるというか……。そういう生のセッションみたいな部分も大きな見どころだと思います」
ジョナゴールド「普段自分自身として歌っているのと、お芝居の中で役として歌うのはずいぶん気持ちが変わってくるものだなって、最近感じています。生のピアノの音が入ると、私もギアが入ると思うので、それも楽しみにしながら本番を迎えようと思っています」
―――最後に三上さんから、東京公演を楽しみにしている皆さんに一言いただけますか。
三上「青森で種を蒔いて、しっかり根を張った演劇を東京の方にお届けしたいという思いで作っています。青森の自然や人間を東京で感じられる舞台になっていますし、我々ぽこぽこクラブが目指している、演劇マニアの方から初めて観る方まで幅広く楽しんでいただける舞台にもなっていると思いますので、ぜひ観に来ていただけたら嬉しいです」
(取材・文:西本 勲)
プロフィール
三上陽永(みかみ・ようえい)
1983年生まれ、青森県出身。2008年より鴻上尚史主宰「虚構の劇団」に所属し、全公演に出演。外部での主な作品に、劇団EXILE『THE WINDS OF GOD~零のかたたへ~』、舞台『パタリロ!』など。近年では流山児★事務所、スタジオライフ、渡辺源四郎商店などの作品にも多数出演。2013年に立ち上げた「ぽこぽこクラブ」では、全作品の演出を担当。2020年、日本演出者協会若手演出家コンクールで最優秀賞に輝く。青森出身の新進気鋭の表現者として、2022年度に東奥日報が主催する東奥文化選奨を受賞。
山﨑 薫(やまざき・かおる)
1988年生まれ、埼玉県出身。文学座演劇研究所、新国立劇場演劇研修所修了。LAへのボイストレーニング留学でA.ゴンザレス氏に師事。主な出演作は、こまつ座『藪原検校』、新国立劇場『海の夫人』『桜の園』、葛川思潮社『浮標』、NHK Eテレ「100分de名著〜ハムレット〜」など。歌手としても活動し、ライブハウス公演やディナーショーなどを精力的に行っている。
ジョナゴールド(じょなごーるど)
2001年生まれ、青森県出身。2015年、アイドルグループ「りんご娘」加入。地元の活性化、全国・海外の第一次産業をエンタテイメントで元気づけることを目標に幅広い活動をおこなうう。2022年に卒業し、シンガーとしてのソロプロジェクトを始動。役者としては2018年のショートフィルム『君は笑う』で初主演を果たし、ドラマや映画などでキャリアを重ねている。
公演情報
AOMORI×POCOPOCO
『home ~りんごさんのうた~』
日:2026年1月13日(火)~18日(日)
場:座・高円寺1
料:5,000円 U-25[25歳以下]3,500円
高校生以下1,500円
※各種割引は要身分証明書提示
※他、2公演セット券あり。詳細は下記HPにて
(全席自由・税込)
HP:https://pocopoco5.wixsite.com/home-ringo
問:ぽこぽこクラブ制作運営チーム
mail:pocopoco.new.ticket@gmail.com