ワンシチュエーションを放棄する、新たなる挑戦! あの人なら大丈夫だと思っていたのに―― 和菓子屋にまつわる人々の10年間を描く

 劇作家・演出家、時に俳優としても活躍する土田英生が主宰する劇団MONOが挑む新作。物語の舞台は、タイトルにある通り、江戸時代から続いてきたらしい和菓子屋「亀屋権太楼」で、その老舗和菓子屋にまつわる人々の10年間を描くという。
 ワンシチュエーションコメディにこだわってきた土田にとって「10年を描く」というのは大きな挑戦になりそうだ。土田に作品への意気込みを聞いた。

―――今回の新作は和菓子屋が舞台となっていますが、どの辺りから着想を得たのですか?

 「実は入口は和菓子ではありませんでした。今の社会を見ていて、過去の価値観が全部ひっくり返っているなと思うんですね。その変化にアジャストできる人とできない人がいますが……。なぜ素直に謝らないのだろう? もしくは謝れないのだろう?と不思議だったんですね。だから謝れない人の話を書こうというところがスタートでした」

―――確かに「謝れない人」はいますね。

 「例えば何か炎上したときに、通り一遍の謝罪はしますけど、自分が間違っていたとはなかなか認めない人は多いですよね。多分、本人にも言い分があるんです。自分なりには筋があるんです。だから謝りたくないんだと思うんです」

―――その中で和菓子屋を舞台に選んだのは?

 「普通の会社でもいいんですけど、演劇を観るときに、舞台を普段見慣れない“裏側”などに設定した方が、単純に言うと楽しいじゃないですか。
 僕は愛知県出身なんですけど、母方の祖父が骨董商だったんです。茶道や華道の師範免許を持っているような人だったので、和菓子屋さんとの交流があったんですね。その姿を見て育ってきたこともあって、和菓子屋に設定しました。今回の『御菓子司 亀屋権太楼(おかしつかさ かめやごんたろう)』は架空の和菓子屋ですけれど」

―――なるほど。その和菓子屋を舞台にした10年間の物語なんですね。

 「そうですね。まだ本を書いている段階なので、多少伸び縮みはあるかもしれませんが……世間の演劇を見ている人たちにとっては、そんなに大したことではないかもしれませんが、僕にとっては大きいことなんです。
 僕は今まで1つの場面だけで完結する作品を書いてきました。しかし多くのお芝居は、舞台セットが例えば居間の具象で作られているにも関わらず、どこか端っこにサス(※サスペンションライトのこと)が落ちて、外で人が出会うシーンとか過去のシーンが入ったりするわけですよ。1幕ものを書いている作家には共感してもらえると思うんですけど、そういう手法は状況説明が楽なんです。外であったことも過去のこともそのまま描けますから。
 僕はいつもそこで筆が止まりながら、なんとか工夫をしてやってきたんですけども、誰も1幕で書いてきたことを褒めてくれないんです。分かってくれないんです(笑)。『よく場所を変えずにあれだけの情報整理しましたね』とか『何々のシーンはいい工夫でしたね』みたいにコソッと褒めてくれる人はいるんですけどね。もう意地になっていた気がします。だけど意地を張っていてもしょうがない。今回は場所と時間を限定して書くスタイルを放棄しようと。だから、これは僕にとってはすごく大きいことなんです」

―――その挑戦は、今回が第51回公演という区切りにはあまり関係ないですか?

 「あぁ、あんまり意識してはなかったですね。ただ、2022年までが非常に忙しかったので、2023年は割とのんびりしたスケジュールを組んでもらったんです。そのうちの1本が『宇宙よりも遠い場所』。アニメ原作の舞台で、場所が飛びまくる脚本だったんですね。今までやったことないことをやったときに“あれ? 意外と大丈夫じゃん”と思ったんです(笑)。
 その次は『燕のいる駅』。これは僕が20代のときに書いた作品で、ほぼ30年前の作品ですが、この頃からスタイルは変わっていなかった。『燕のいる駅』の演出の話をいただいたときに最初にお断りしたぐらい、自分の中では“もういい“と思っていたんです。どこか飽きていたんでしょうね。
 今までやったことがないジャンルをやり、その次に“THE自分の作品”を演出した。それらが重なって”もう今までと同じことはやりたくない”とはっきり思ったんだと思います」

―――そんな不思議な重なりもありつつ、土田さんの中で少し考える時間もあったのでしょうか。

 「そうですね。僕はロンドンが好きで、前は年に1~2回必ず行っていたんですが、コロナもあってなかなか行けず。で、『宇宙よりも遠い場所』のあとに1ヶ月お休みをもらって、久しぶりにロンドンに行ったんです。
 ロンドンでは極力演劇からも離れて、アンティークを買い漁ってました。公園で寝転びながらすごく考えました。これからの自分の創作のことを。“同じことだけやって衰退していくのはいやだ”と明確に思いましたね」

―――いろいろ挑戦が詰まった作品になりそうですね。

 「はい。社長が変わったり、急に新しい人が入ってきたり……。前はこっちの味方だったのに、知らない間にひっくり返っていたり……。人間関係や個々を取り巻く状況の変化を眺めてもらう感じにしたいと思っています。
 さらに今回は設定を割と細かく、細かくしています。和菓子屋らしく、和菓子の名前や云われも考えたりして、作品の厚みを増しています」

―――大阪・東京・北九州・上田公演が予定されています。旅公演についての思いを教えてください。

 「やっぱり演劇はその場所に行かないと観られないもの。だから本当は毎年20か所ぐらいでやって、いろいろな人に演劇をみてほしいくらいです。もちろん呼んでいただけるかどうかということも大切なんですけども。
 一応、僕らは京都の劇団という括りなんですけど、あんまりそういう意識はないですよね。東京でやっているときも、そこが本拠地のような気分だし、九州に行ったら行ったで『ただいま』と思うし(笑)。だから、旅公演は辞めたくないですね」

―――改めて土田さんにとって劇団はどんな存在ですか。

 「創作の拠点です。僕が仲良くさせてもらっている横山拓也くんはiakuというユニットをやっていますが、メンバーは固定されてなくて、彼と制作さんしかいないんですよ。僕はそういう形でもいいと思います。
 ただね、割と早くに劇団を手放してしまう人が多い気がするんです。長い間演劇を続けていくには、自分の思いだけではなくて、経済的な問題もあるし、仕事として一定の評価をされ続ける必要があると思うんですけど……。外の仕事って、いろいろ条件がありますから。『本来僕はこういうものを作りたいし、こういう才能があるんです!』ということを示せるショーケースを早いうちに失うと、迷子になってしまうんじゃないかなと僕は思っていて。
 僕も30年以上演劇に携わっていますけど、仕事がすごく多い時期もあれば、暇になって、『え、俺大丈夫かな? 暮らしていけるのかな?』という時期もあったりする。だけど、常に劇団で創作できることが、僕の軸を安定させてくれてると思うんです。できれば俳優たちにもそうであってほしいですけども。
 劇団はスタート地点であり、ゴールであると言ってきましたけど、そんな気持ちはいまだにありますよ。劇団でいろいろ試していきたいし、外でいろいろなことをやったら、それを劇団にもフィードバックしたいと思っています」

―――今後もMONOとしての物づくりを続けていく、と。

 「もちろんお客さんがいなくなったら演劇ができなくなるのと一緒で、集ってくれる人たちが離れていった場合は続けられないこともあるだろうなと思ってますけどね。
 ……この間、ずっと一緒にやっている水沼(健)くんという、1番古株のメンバーと20年ぶりぐらいに2人で飲んだんですよ(笑)。普段わざわざ2人きりで飲みに行ったりはしませんから。たまたま同じ芝居を観ていて、帰り際に『ちょっと飲む?』となってね。やっぱいいもんだなと思いました。こういう時間が将来もあってくれますようになんて思いましたよ」

―――いろいろとお話を伺ってきましたが、最後にお客様へメッセージをお願いします。

 「最後に言いたいのはチケット代の問題ですね。人件費や材料費が上がっているなかで、演劇のチケットの値段も年々上がっています。事情は分かるんです。ただね、何かを削ってでも頑張らないと、この演劇という船はもはや泥船ですよ。社会が不景気でみんなの収入がこれだけ下がっている中で、チケット代だけが上がっているとなると、普通に演劇を観られる人は少なくなりますよ。
 そこで今回、U22チケットのほかにも、U34のチケットを作りました。20代後半〜30代前半でも、演劇に興味のあるような人、演劇を志している人はみんなお金がないんですよ。だから、その子たちが少しでも興味があれば、観ていただける料金にしないと、演劇が死んじゃう。実際に若い俳優さんやスタッフさんから『もう演劇のチケット代が高くて、観に行けないんです』という声を聞きますからね。
 これは難しい問題です。自分も昨年外部でやった芝居のチケットは9,000円でしたし、単純に敵・味方に分かれての批判はできないです。だけど、ちょっと誰かが声を上げて取り組んでいかないといけない。もっと気軽に演劇を観れるようにしないとまずい。だから試しにU34チケットを作りました。
 もちろんこれは実験です。ベストだとは思っていないです。僕らも苦しいです。ですけども、チケットを少しでも安くしよう運動を始めようと思って。ぜひ1人でも多くのお客様が劇場に来てくださることを願っています」

(取材・文&撮影:五月女菜穂)

プロフィール

土田英生(つちだ・ひでお)
1967年3月26日生まれ、愛知県出身。劇団MONO代表。1989年に「B級プラクティス」(現MONO)を結成。1990年以降、全作品の作・演出を担当する。1999年、『その鉄塔に男たちはいるという』で第6回OMS戯曲賞 大賞を受賞。2001年、『崩れた石垣、のぼる鮭たち』で第56回芸術祭賞 演劇部門優秀賞を受賞。2003年、文化庁の新進芸術家留学制度で1年間ロンドンに留学。近年は劇作と並行してテレビドラマ・映画脚本の執筆も多数。代表作に、映画『約三十の嘘』、『初夜と蓮根』、ドラマ『崖っぷちホテル!』、『斉藤さん』シリーズなど。2020年には、自身が監督・脚本を務めた映画『それぞれ、たまゆら』が公開された。

公演情報

MONO 第51回公演『御菓子司 亀屋権太楼』

日:2024年2月22日(木)~26日(月)
場:扇町ミュージアムキューブ CUBE01
料:一般4,300円 初日割引[2/22]3,800円
  U-34[34歳以下]3,000円
  U-22[22歳以下]2,000円
  ※各種割引は要身分証明書提示
  (全席指定・税込)

日:2024年3月1日(金)~10日(日)
場:下北沢 ザ・スズナリ
料:一般4,800円 U-34[34歳以下]3,000円
  U-22[22歳以下]2,000円
  ※各種割引は要身分証明書提示
  (全席指定・税込)

※他、地方公演あり
HP:https://c-mono.com
問:キューカンバー tel.075-525-2195

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