ひたすらに描き続け、70歳を越えてなお精力的に活躍した葛飾北斎 広く知られる大作を生み出した晩年の北斎に西岡德馬が挑む

 『富岳三十六景』、『富岳百景』、『北斎漫画』など、数多くの作品で我が国だけでなく海外でも高い評価を得ている葛飾北斎。90歳という生涯の間には、度々の引っ越しや改名などの奇行も知られているが、それも全て画業に集中するが故だったという。そんな北斎の最晩年、72歳から90歳までにスポットを当てた舞台『画狂人 北斎』は、北斎に惚れ込んだ宮本亞門が企画し、朗読劇から舞台劇へと育ててきた作品だ。そして2023年に主役の北斎に西岡德馬、その娘で絵師でもあるお栄に雛形あきこを迎え、大幅にリニューアルした舞台が実現する。


―――まず葛飾北斎を演じられる西岡さんに、北斎についての印象や想いを伺いましょう。

西岡「長くなるけれど、いいかなぁ(笑)。昔は文学座に在籍していましたが、退団したきっかけが、津川雅彦さんが青年座でやった『淫乱斎英泉』。これは矢代静一さんの浮世絵師3部作の1つです。あと杉浦直樹さん、石立鉄男さんの『おかしな二人』を観たことでした。どちらも凄く面白かったのですが、文学座ではやらない作品だし、外部出演も制限されて自由がきかない。でも世の中に戯曲は何百万とあるけれど、自分が一生に関われる作品はせいぜい数十作品。たいした数ではないのだから、自分がやりたい作品に挑もうと思ったんです。そんなことで『淫乱斎英泉』はとても印象に残っていた。その後にこまつ座さんに東憲司さんが書いた『戯作者銘々伝』で僕は蔦屋重三郎を演じました。だから浮世絵師には縁があったんです。それで亞門さんが北斎を手がけている話を聞いた時、上手くいけば日本だけでなく、世界に持って行けるんじゃないかと思ったんです。日本から外に発信するものとして、葛飾北斎は可能性があると。今まで頼りにしてきた僕の勘がそう反応しました。そこで亞門さんにお目にかかって、熱い想いで手直しを進めています」

宮本「いきなり大きな話になりましたね(笑)。でも北斎は海外で最も知られている日本人だし、海外進出は最初から考えていたことはありました。この作品を最初に朗読劇で作ったとき、イギリスで上演しましたが、食いつき方が違いました。北斎に興味のある人が多いのは、日本人の想像以上です。だから可能性は充分にあると思っています」

―――雛形さんは北斎の娘であり、同じく絵師でもあったお栄(葛飾応為)を演じられるわけですが、もう独自に80歳を越えた北斎が旅した小布施に出向かれたそうですね。

雛形「はい。行ってきました(笑)。北斎の絵は知られていても、北斎やお栄の人物像はあまりにも色々な説がありだからもう少し知りたくなって、すみだ北斎美術館や長野の小布施に足を運びました。調べるとお栄もちょっと変人だと思いました。父親というだけでなく師匠としてのリスペクトを持っていないとあれほど一緒にいられないと思います。実はお栄が描いたという作品もあり、お栄のことを知るのが面白い時間になりました」

宮本「德馬さんいくつになりました?」

西岡「6」

宮本「66?」

西岡「もうイッコ上」

宮本「えー?」

西岡「文献によると北斎は70歳を超えて『自分はここからだ』と言っているじゃないですか。僕も76歳になりますが、北斎のように70歳を超えたあたりから芝居や芸能界のことが段々わかってきて、やっと大人びて考えられるかなと思うようになった。それまでは情熱だけでやってきたから」

宮本「日本だと70代は定年とかで惑う時期なのに、北斎は70歳を超えてそんなものじゃねえよ、と浮世絵をやめて肉筆画に挑戦する。もう凄い先輩がいるなと思ってビックリしました。リセットして新たな自分を見つけることができるんだと思ったとき、こういった先輩のことを探りたいと思った。だからこそ德馬さんにぜひ演じてほしかった。さらに雛形さんも加わってくれてとても嬉しいし楽しみです」

西岡「それに娘のお栄にも触発されている。美人画はお栄の方が上手いと言っているくらいですから。さらに西洋の絵画から学んだことも。ゴッホやゴーギャンが浮世絵を真似たように北斎も西洋から学ぶわけですが、それもお栄がいたからでしょう」

雛形「北斎とお栄は親子だけど、絵を描くことで繋がっている2人ですよね。度々の引っ越しも家の中が片付けられないからという理由だったそうですが、それって常識的には駄目な人じゃないですか。でも2人にはそれよりも大切なこと、絵を描くことがあったわけです。晩年の長野・小布施行きにしても普通なら止めるところですよね。でも天井画を描くという目的で行く。そういった共通の想いで繋がるわけでしょう」

西岡「そういった想いの共有があるから、共演の女優さんは慎重に選びました。雛形さんは昔、東映の時代劇で赤穂浪士ものをやった時に共演したんです。僕は吉良方の剣客で、雛形さんはその妹。それで僕が殺されて倒れたところに『兄上!』と叫んで駆け寄るんだけど、リハーサルの時にもう涙を流していたんです。現場のスタッフは口が悪いから『そんなに泣いちゃったら本番で泣けねえぞ』って言うんです。それでも3回あったテストで全部泣いたものだから、本番でスタッフが『もう泣けないぜ、きっと』なんて囁いていたら、それ以上に泣いたんです。その感性があればきっと大成すると思っていました。その後も共演していますが、お互いに感じ合える相手だと思ってお願いしました」

雛形「そんな昔のことを憶えていてもらえるとは光栄です。あの時の私は新人だし、場所は京都だし時代劇も初めて。凄く緊張していました。だから私はよく憶えているのですが、もっと沢山の作品を経験している德馬さんが憶えていてくれたのは感激です」

宮本「そんなの初めて聞きました。いい話ですねえ。本当にお栄と北斎の関係性そのままですね。凄い楽しみです」

―――お栄は絵師としてはともかく、家庭人としては問題がありそうですね。

雛形「北斎は酒も煙草もしないのにお栄はやっているところとか面白いですね。私は母親でもあるので家の仕事はそれなりにしますが、男っぽいところもあります。この仕事をしていると男女がなくなる部分がありますから。でもお栄は女性らしくないかも知れないけれど、生き様としては格好良いと思うし、そこまで情熱を注いで生きていけるのは素晴らしいと思います。だからこそ片付けられないくらいはしょうがないのかなと思います。まあ私も好きなことをやらせてもらっているお母さんですから普通ではないでしょうね」

宮本「普通じゃなくて良いですよ。この2人は全てを越えて、絵に対して無心に立ち向かっていますからね」

―――作品を通して、観客の皆さんに伝えたいことはありますか。

雛形「北斎の周りにいる彼に影響された人物を見て、皆さんの活力になれば良いなと思っています」

西「北斎は70歳を超えてから虫や花を描きますが、虫を見ているうちに、誰がこれを作ったんだ?と思った気がします。そんな風に世の中にはまだまだわからないことって沢山あるじゃないですか。北斎はそういうことを探求したかったんだと思うんです。そういう芝居が出来たらいいなと思います。話は拡がって2時間では終われなくなりますね(笑)」

宮本「この作品は長い道のりを経ていますが、今回が新作だとも思っています。この作品を語り合いながら、探しながら北斎に近づきたいという思いが詰まっていますから。今までご覧になった方も、まだの人も、そして人生に疲れた人も来てほしいです。お芝居を観に来たというよりも人生を変える出会いとなる作品になればいいなと思います」

西岡「海外に持ち出すなら、やはり三島由紀夫さんか葛飾北斎だろうと思います。三島さんの映画もやりたかったけれど、色々大変なので、北斎で実現したいですね。宮本さんどう? パリとかで(笑)」

宮本「プロデューサーが頼りですね(笑)」

(取材・文:渡部晋也 撮影:平賀正明)

プロフィール

西岡德馬(にしおか・とくま)
神奈川県出身。1970年、劇団文学座に入団。10年在籍したが、自分が出たい作品に関わりたいという気持ちから退団。以後、舞台だけでなくドラマ・映画・Vシネマなど多数出演。1991年に大ヒットしたドラマ『東京ラブストーリー』では、ヒロインと不倫関係にある部長役を演じ、脚光を浴びる。近年はバラエティー番組にも出演し、コミカルな部分も広く知られるようになる。

雛形あきこ(ひながた・あきこ)
東京都出身。中学2年でドラマデビュー、15歳からグラビア活動を開始。多くの雑誌で表紙を飾る。17歳で歌手デビューを果たし、ドラマ・舞台と幅広く活躍。1995年から『めちゃ² モテたいッ!』、後継の『めちゃ² イケてるッ!』と併せ22年間レギュラー出演した。

宮本亞門(みやもと・あもん)
東京都出身。演出家。ミュージカル・ストレートプレイ・オペラ・歌舞伎などジャンルを問わず作品を手掛ける。2004年、東洋人初の演出家としてブロードウェイで『太平洋序曲』を上演、トニー賞4 部門にノミネートされた。2020年、新型コロナウイルスと闘う医療従事者や不安を抱える人たちに少しでも希望を感じてもらいたいと「上を向いて歩こうプロジェクト」を発足。

公演情報

舞台 『画狂人 北斎』

日:2023年2月2日(木)・3日(金)
場:曳舟文化センター
料:8,500円(全席指定・税込)

日:2023年3月22日(水)~26日(日)
場:紀伊國屋ホール
料:9,500円(全席指定・税込)

※他、地方公演あり
HP:http://no-4.biz/hokusai2023/
問:株式会社エヌオーフォー mail:info@no-4.biz

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