カクシンハンが新体制で作る、400年前の未来 シェイクスピアが書いた“悲劇”と“喜劇”を近未来SFに翻案

 400年前にシェイクスピアが書いた、どうしようもないほどの悲劇『タイタス・アンドロニカス』と、賑やかで祝祭的な喜劇『夏の夜の夢』。この2作を近未来の設定にし、カクシンハンの木村龍之介が演出する。
 カクシンハンはこれまで劇団として様々なシェイクスピア作品を上演してきた。今回は初のプロデュース体制となり、新たな俳優との出会いを求めてオーディションも広くおこなった。タイトルは『シン・タイタス‐2038‐』、『ナツノヨノユメ ~AIの少女は夢を見るか?~』。新しい俳優たちと、新しい形でのシェイクスピア作品への挑戦が始まる。そこに集った大島朋恵、舘野百代、前東美菜子、森ようこと、木村に話を聞いた。


新しい俳優達との出会いを求めてオーディション

──オーディションを広くおこなっていましたね。振り返っていかがでしたか?

木村「まず舘野さんに聞いてみたいです。まさかSPAC(静岡県舞台芸術センター)の方に参加していただけると思わなかったんですよ。SPACは世界に通ずるプロフェッショナルな俳優像を確立してトレーニングされていて、僕は大好きですごく観ていたんです」

舘野「えっ、そうなんですか!? じゃあざっくばらんに思いの丈を……実は、私、木村さんの作品を観たことがないんです。木村さんを知ったのは、格闘技ドクター・二重作拓也さんのYouTubeでの対談で、シェイクスピアの話がすごく面白かったから。オーディションがあることを知って、『タイタス・アンドロニカス』をもとにした作品ならばぜひ、と受けました。
 この作品は若い頃に読んで良さがまったくわからなかったんですが、“今の歳ならできる”と感じたんですね。一次の動画審査が通って、実際に二次審査で初めてお会いした時に、木村さんから“本当にシェイクスピアが好きなんだな”と愛が伝わってきて、一緒に仕事がしたいと強く思いました。そしたらなんと……受かって! 作品も観たことがないのに! でもとにかく木村さんと舞台を作ってみたかったので嬉しかったです」

木村「そうだったんですね! 舘野さんは一次の動画審査でも、飛びぬけて圧が強くて、画面からビシバシ伝わってくる。『タイタス・アンドロニカス』は残酷だと言われているけれど、非常に美しくもあるので、舘野さんならその両方を引き受けてくれるんじゃないかとワクワクしています」

舘野「今の言葉、ヒントになりそうです! ちょっといただきます!」

──大島さんは『シン・タイタス‐2038‐』のオーディションはいかがでしたか?

大島「募集を知ったのが締切のたった一週間前だったので、がむしゃらに動画を撮って送ったんです。だから動画審査に受かった時は本当に嬉しくて小躍りしました(笑)。でも私は演劇史も学んだことがないし、どこかで何か演劇を習ったこともほとんどなくて、ひたすら本番に立つことを繰り返してきただけなので、カクシンハンさんが求めるしっかりとした俳優という自信がなかったんですね。
 ただ、“台詞の審査もあるけれど、どちらかというとこれはたくさん動きながら台詞をしっかり言えるかどうかの体力・底力を見られているんだ”と解釈して、ひたすらがむしゃらにやろうと」

木村「すごく覚えているのが、小柄にもかかわらず発散するエネルギーがすごく強くて、“これが生き延びることか……!”って思ったんです。生半可な覚悟じゃ400年前の作品を今のお客さんに届けるということはできない。そこを理解してもらえる人かなと感じました」

──もう一作は、『夏の夜の夢』をもとにした『ナツノヨノユメ ~AIの少女は夢を見るか?~』ですね。

木村「こちらはオーディションじゃない方が多いんです。森さんも前東さんもお声掛けさせていただきました」

森「びっくりしました。配役もオーヴェロン(妖精の王/通常は男性役)ですし、普通ならまずありえないなと。ただ出演者が全員女性だということでしたから、この機会でもないと演じる機会がないだろうと楽しみです」

前東「私はシーシアス(アテネの公爵/通常は男性役)で、これもあまり演じる機会がないですよね。どうなるんだろう、未知数という感じでしたね」

木村「前提として、シェイクスピア作品は男性役が多いし、当時400年前はすべて男性が演じていたんですよね。でも、今の時代はこだわる必要がない。あと、男女混合だとどうしても、男性の方が筋肉という意味でのパワーで強くなってしまう。だから女性だけで、どの時代でも変わらない女性の強さを大切にしながら作ったらどうなのかな、と興味があります。たぶん新しい匂いや、形や、色や、音が聞こえると思っています」

──前東さんと木村さんは文学座での同期だそうですね。

木村「10年ほど前、文学座演出部の研修生だった時ですね」

前東「木村くんはすごかった。研修生の間に勉強会を勝手にどんどん開催していて……異例のことなんですよ、大変な大天才かと! 木村くんの演出でみんなでお芝居をした時も、木村くんは大変な高みを描いていて“木村くんが見ようとしている世界は私には見られないかもしれない、ごめんね”って思った(笑)」

木村「その時以来ですね(笑)」

前東「当時は、木村くんの演出の声にびっくりして心臓が止まりそうなったことがあった。“なにか大きな声がするぞ!? ”と稽古場を覗きに行ったら、俳優と木村君が仁王立ちになって真剣に大きな声で話していて……そっと扉を閉めた(笑)。みんな若かったこともあって、熱い稽古場でしたね」

木村「そうでしたね(笑)。僕は人間のエネルギーがバンと届くものが面白いので、パワーを求めてしまうところがある。カクシンハンでも、普段よりちょっとエネルギーを出したり、茶目っ気を出したり、やっちゃいけないことをやってみてくださるといいな」

SFと古典の融合、2作を通して観る“過去”と“未来”

──設定を未来にしたのはなぜでしょう?

木村「ずっとシェイクスピアを上演してきましたが、今は、シェイクスピアを知らない人にそのワクワクを届けることが重要な時期だと感じています。コロナ禍で考えたのは、400年前の作品を現代に“これ美味しいでしょう?”と届けるだけでなく、その次の未来の人へ渡したいということ。シェイクスピアの面白さはできるだけそのままに、すこし未来の物語にすることで新しいものが見えるんじゃないかと期待しています」

──2作同時公演ですが、それぞれどのような“未来の物語”ですか?

木村「『ナツノヨノユメ』ではAIが関連しています。僕達はこれから間違いなくアップデートされた人類となり、産業革命の再来以上のことが起こるかもしれない。その時に“「心」というものがあるのか、人間とはなにか、機械とはなにか”を考えたい。これは『夏の夜の夢』の持つテーマと通底すると思ってます。
 『タイタス・アンドロニカス』は、2038年に日本が滅びたとしたらこんな世界かなという想像で作っています。日本人の生き残りが『タイタス・アンドロニカス』の物語を自国の歴史として語る物語。僕は政治的なことを普段から発言するのは得意ではないんですが、表現の面では政治性はとても重要だと思っているので、このテーマに挑戦したいですね」

──なぜ2作同時公演なんでしょう?

木村「上演時のコロナの状況がわからないので、ものすごい喜劇とものすごい悲劇の両方をやればいいかな、と。『夏の夜の夢』は祝祭劇であり喜劇で、『タイタス・アンドロニカス』はどうしようもないほどの悲劇。良い夢と悪夢を両方観た時にどんなシンパシーがあるかと感じてもらいたいので、できれば2作とも観て欲しいです。
 その時のキーワードは『想像力』。シェイクスピアが書いた400年前の過去を想像できるかどうかは、これから先の100年後の未来を想像して生きていけるかどうかに繋がります。この2作を通じて僕達とお客さんで想像力の限界値を出してみるために、ちょっと無茶な設定にしてみました」

──出演者のみなさんは、脚本を読んでみていかがでしたか?

舘野「漫画の『闇金ウシジマくん』をすごく思い出した」
  (一同笑)
舘野「というのは、『シン・タイタス』は相手のことを思いやらずに自分のやりたいようにエネルギーを出したら、やったぶんだけ自分に戻ってきて、破滅の方向に向かう。それが『闇金ウシジマくん』っぽいなと」

木村「たしかに(笑)」

大島「私は、木村さんの翻案がえげつないなと。『タイタス・アンドロニカス』は「この人にもちょっとは良いところがあるかな」と共感できるところもあるんですが、そこがストンとカットされている印象を受けたんですね。善とか悪が振り切れていて際立つので、たぶん劇的な作品になると思います。きっと『ナツノヨノユメ』と並べて観ると面白そうです。
 ……でも、脚本だけではまだ全然わからない。お芝居ってやっぱりすべての要素が合わさった時に形になるから、これから組み上げていくのがすごく楽しみです。“私はこう思っているけど、木村さんがイメージしているところとは違うかも?”と感じているところもあってワクワクしています」

──『ナツノヨノユメ ~AIの少女は夢を見るか?~』は、どんな作品になりそうですか?

森「AIがテーマとして少し入っているんですが……私の世代は、子どもの頃からスマホがじゃない。調べものがあると図書館に行ったり、何年後にわかったりすることがたくさんありました。物心ついた頃からスマホがあってすぐに答えを得られてきた人達とは、きっと考え方や感じ方が違うだろうなと思うんです。
 私は400年前にシェイクスピアが書いた登場人物達にすごく共感できる。人を好きになって、ストレートに行動せずにまどろっこしいことをしたりする人間のごちゃごちゃした感情はずっと変わらない。そのうえで、だんだんそういう複雑さがなくなって答えがすぐに出るようになっていくのは面白いです」

前東「やっぱり祝祭劇。“お祭りだ~!”という印象がとても強いですね。 木村さんの脚本に『妖精がいっぱい出てくる』と書いてあるのは阿波踊りみたいな感じなのかな?と想像しながら読みました。AIについては、400年前の人のように作品を楽しんでいただくためにはそういう設定がいいんじゃないか、という木村さんなりのプレゼンじゃないかと」

木村「なるほど(笑)。たしかにシェイクスピアの『夏の夜の夢』って祝祭なんですよ。最終的に僕達も虫も殺人者も政治家もAIもみんなでお祭りしようぜ、という作品ではある。400年経って登場人物が増えているだけで、やっていることは一緒なんですよね」

未来の演劇ってなんだろう?

──最後に、プロデュース体制になって演劇づくりに変化はありますか?

木村「演劇の醍醐味って、集団で価値観を共有した結果が作品としてあらわれるのが大前提だと思うんですが、これだけ世界が多様化していくとひとつの価値観で物事をひとくくりにすることは難しいんじゃないかと思うんです。
 でも一方で、ネットや動画といったお互いの価値観をシェアする道具は増えました。そういう道具を駆使して、一人ひとりが持っているイメージや価値観を集めて、作品を色とりどりに仕上げることに挑戦しないと、演劇は生き残れないんじゃないかなとすごく感じます。“価値観はかなり違うけどこれを機に集まれたね”という新しい出会いによる作品ができたらいい。今回はそれができていると思います」

舘野「先日も、木村さんからアツい動画が届きました。『台詞を覚えておけ』と」

森「3本にわたるアツい動画でしたね。やらなきゃ!という気になりました(笑)」

木村「これまでと稽古の方法が変わりますからね。今まではみんなで稽古場に集まってすべてのシーンを共有していたけど、今はコロナ禍だし、世の中も多様化して他のことをやりながら芝居をしている俳優もいるので、その日に稽古するシーンに関係ある人だけ稽古場に来ていただくスタイルにしました。だからこそ、それぞれができるだけ準備をして、価値観をしっかり確立した上で稽古をした時にドン!と大きな爆発を生むことができるんじゃないかなと」

──それぞれの俳優のエネルギーを稽古場に集結する、と。

木村「やはり演劇は『俳優芸術』だと思うんです。舞台上で“こんな世界があったらいいな”という未来を先取りして実験することに果敢にトライする人間達の力を観てほしい。それができるこれだけの俳優が集まってくださったことこそが、作品の見所です。ほかにも能楽師や落語家などいろんな方々が参加してくださっているので、ぜひ両方の作品を見て欲しいです」


(取材・文:河野桃子 撮影:間野真由美)


最近新しく始めたこと・始めたいと思っていることは何ですか?

森ようこさん
「始めたいことは『登山』です。週末に、道でカニやカエルに出会える山の中で舞踏の合宿稽古に参加していて、自然の中に身を置く喜びを味わっています。朝、『稽古前に、近くの山の方まで散歩しておいで』と言われて行ってみたら……それは、“散歩”というより、最早“登山”でした。久しぶりに登山靴を出したので、改めてゆっくり山登りしたいです」

舘野百代さん
「朝、入浴後に飲む、重曹クエン酸水。いつもお世話になっているヘアメイクの方に最近聞いて、とりあえずやってみたら、代謝と疲労のリカバリーに変化があったので、珍しく続いています」

大島朋恵さん
「編み物。ことしに入ってから、ふと思い立ってはじめました。外からの情報に影響されすぎるようなとき、ひたすら数を数えながら糸を編んでいると、すっとしずかなきもちになれます。なんだか、瞑想のようです。編むという行為が瞑想ですので、編み目が歪んでも気にしないのが重要です」

⽊村龍之介さん
「四月に生まれた自分の子どもは、『自分の』と言いながら天からの授かりもののよう。日々成長する赤んぼうを見ていると、人間の可能性を感じずにはいられない。子どもに育てられているのだな。子育てという学校は寝不足で、過酷で、それでいて人生最高の学び場だ」

プロフィール

大島朋恵(おおしま・ともえ)
栃木県出身。学習院大学で演劇を始める。2004年、月蝕歌劇団/虚飾集団廻天百眼に入団。以降、舞台を中心に、クラブイベント、映像作品等、幅広く活動。年間10本以上のステージに立つ。2011年に地元に居を移し、翌年、独りユニット・R*Aを立ち上げ。島村秀男氏を楽曲提供に迎え、R*A00(現:RiqrhoAre00)として歌唱活動を始める。2013年に「R*A」から「りくろあれ」に屋号を変更し、現在は栃木・東京を中心に活動をおこなう。

舘野百代(たての・ももよ)
東京都出身。1992年に水戸芸術館ACM劇場専属劇団員として入団後、鈴木忠志率いるSCOTを経て、1998年より鈴木が初代芸術総監督をつとめるSPAC─公益財団法人静岡県舞台芸術センターに入団。2007年より芸術総監督を引き継いだ宮城聰のもとで舞台出演。『別冊谷崎』『イワーノフ』(以上、鈴木忠志演出)『天守物語』『マハーバーラタ』(以上、宮城聰演出)『ドン・ファン』『ロミオとジュリエット』(以上、オマール・ポラス演出)『しんしゃく源氏物語』(原田一樹演出)など、国内外で数多くの作品に参加する。

前東美菜子(まえひがし・みなこ)
茨城県出身。2010年に筑波大学美術専攻洋画コースを卒業後、文学座研究所入所。15年からは座員に。キャリアの初期には、『リア王』、『冬物語』(シェイクスピア・シアター、演出:出口典雄)、『お気に召すまま』(文学座、演出:髙瀬久男)、『恋の骨折り損』(しんゆりシアター、演出:河田園子)などシェイクスピア作品を多く経験。21年1月文学座を退団し、現在はUAMに所属。

森ようこ(もり・ようこ)
高校から演劇に関わり、劇団を立ち上げるなどさまざまに活動。寺山修司の天井棧敷を引き継ぐ劇団、演劇実験室◉万有引力に所属し、番外篇や実験公演では演出も務める。劇団外の出演も多く、座・高円寺レパートリー『ピノッキオ』(演出/テレーサ・ルドヴィコ)、小池博史ブリッジプロジェクト『2030世界漂流』『Fools on the Hill』、青蛾館『くるみ割り人形』、『1999年の夏休みepisode0』(演出/野口和美)、とりふね舞踏舎『Sai』など。また近年は映像作品制作などもおこなう。

木村龍之介(きむら・りゅうのすけ)
演出家・作家・カクシンハン主宰。大分県生まれ、兵庫県宝塚育ち。東京大学で英米文学を専攻し、シェイクスピアを研究。故 蜷川幸雄に演出を学び、演出家出口典雄のもとでの俳優活動や文学座演出部などを経て、2012年にカクシンハンを立ち上げる。以後『ハムレット』、『夏の夜の夢』、『リア王』、『オセロー』、『タイタス・アンドロニカス』、『リチャード3世』、『マクベス』など、多数のシェイクスピア作品の演出を手がける。

公演情報

カクシンハン 第15 回/ 16 回公演
『シン・タイタス -2038-/『ナツノヨノユメ ~ AI の少女は夢を見るか?~

日:2021年8月22日(日)~29日(日)
場:CBGK シブゲキ!!
料:S席7,000円 A席6,000円
  U22[22歳以下]4,500円(全席指定・税込)
HP:https://kakushinhan.org/
問:カクシンハン mail:office@kakushinhan.org



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